2007年07月24日

全力を尽くした者にだけ成功は訪れる。

「総さんて、後悔とかしないの?」

こんなことを聞かれました。
人の子ですから。そりゃ後悔することもありますがな。でも、たぶん人よりは少ない方だとは思いますね。

「あーしておけば良かった!なんでそうなっちゃうんだ!とか、そうやって何かに当たってしまったり責任を環境に求めたりは?」

これは、ないです。
他人や環境を責めても仕方ないし。
前にも書きましたが、僕の「失敗」対する哲学は「その時点で失敗を回避する能力があったかどうか」と「突き付けられた現実を受け入れること」です。

仕事の失敗や段取りの失敗、生活やお金に関する失敗。よく聞くのは「なんであそこであんなことしちまったんだ!なんで確認できんかったんだ!」という話。この手の後悔は、僕はあまり質の良いものではないと思います。理由は二点。

・自分の実力を受け入れられてないから
・仮定の話に陥っているから

ミスや失敗なんてものは、多かれ少なかれ物理的には小さなポイントだったりするんですよ。同じ人間で先輩が失敗しないで新人が失敗するのって、一つ二つのタイミングでチェックするべきところをしてなかったりすることが多い。だから、新人はミスを犯すのですね。
では、新人に回避する術はあったのか。これはないわけです。それは彼が新人だから。それが彼の実力だからです。


大事なのは「そこで確認を取れるタイミングがあったかどうか」ではなく「そこで確認を取る意識を自分は持てていたかどうか」なのです。たいていはNOですね。確認するタイミング、場所を知らないから、確認できない。それも含めてその人の実力なわけです。「ガスの元栓をしめたかどうか確認すること」は、ガスの元栓の開閉はどんなバカにも子供でもできます。でも「出かける前に確認する」のは大人にしかわからない。


人は後悔や失敗で成長します。
それにおいて大事なのは「現実を受け入れること」と「常に全力を尽くすこと」。常に全力を尽くさなければ、失敗が失敗として、もっと言えば自分の能力の限界としてカウントされない。限界を把握できない奴は、成長しない。「次はちゃんとやろう」としか思わないから。間違いなく次だってちゃんとできないですから。


「あと、右ストレートの一伸び、右腕を延ばし切るだけで相手に勝てた」なんてのは、それが実力なのです。物理的にはほんの少しの差であっても、そのほんの少しこそが越えられない壁であったり、限界になる。「次はあの一発を当てれば勝てる」なんて言ってるボクサーはきっと次も負けるでしょう。あるべきは「あの一伸びが出なかった。まだまだ練習が足りない。あそこでもう一度右ストレートが出せるように、鍛え直さなくては」のはず。

それに必要なのは「あの時俺は全力で戦った」という自負と「それでも届かなかった」という現実を受け入れること。「あの時ああしていれば良かった」というのは、そのどちらかができていないということです。


何事にも全力でぶつかる勇気も、現実を受け入れる力もない奴に、成功はない。


「総さんはいいなあ、好きに生きていて、夢もあって、その上ステップアップしていけて」なんて言われることがある。
リングの外で見ているだけの奴にはわからんよなぁ。


僕の人生や転職はScrap&Buildなんだってことを。


posted by 総さん−ソウサン− at 21:21| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月20日

楽しみを見出だすために逃げ道をつくる。

企画書を任されています。
コンペ参加用の。
本当は別の先輩がやるはずだったんですが、その方が別のタスクで埋まってしまって。で、そうするとお鉢が僕に回ってきます。間違いなく、本部長の指示ですね。何かにつけて「じゃあ、総ちゃんにやらせればいいんじゃない?」と言い出す。ぽこぽこ仕事を流して成長を促す一番手。僕はそういうポジション。

これが、大変。
意外に、ウチは育成は丸投げ主義なのです(笑) 右も左もわかんないのに「あそこにいけ」というタスクを渡されて、蓋をあけてみたら全然見当違いなところにいるので、ボッコボコにする。そら、やめる人ばかりでしょう(笑)

企画書の作成経験はありますが、何度もここで言って来たように、我社は特異なキビシイ会社なので、今までのロジックなんか意味をなさない。設計やユーザビリティーがどうのこうのならまだ書けるのですが、ココはそれじゃ通じない。ビジネスとしていかに成果を出すかということが主眼になるので、Webを使ったビジネスコンサルの企画書になるわけです。

これ、プロジェクトを初めから終わりまでまわせる、まわした経験のある人じゃなきゃ書けないでしょ(笑)ゴールを予測して道のりを描くのだから。そういうことを平気で新人にぶちこむ会社なのです。そのうえクオリティを求められる。自分が納得いくものでない限りは、ボロクソに言われます(笑)納得のいくものなんて、上がってくるわけないのにね。

憂鬱ですよほんと。
なんと役員五名全員のチェックが入ります。
企画書を作るのが憂鬱なんじゃなくて、役員が納得するものを考えなきゃいけないのに、まったくわからないのが憂鬱。そらまあ、誰でも憂鬱になりますよ(笑)

また、このクライアントが難しいのです。BtoBなのかBtoCなのかよくわからないし、ステークホルダーは異常なほど多種だし。ユーザーはいったい誰になんねん(笑) これだけシナリオを描きづらい会社もない。そのうえ職人肌でやってきた会社なので、企業戦略もビジネスターゲットもはっきりしない。というか、ない。

憂鬱ですが、しかしこれじゃいかんのです。
モノ作り、とくに初めの企画や戦略立案なんてのは、技術よりも頭の回転よりもまず大事なのは気持ちなのです。「この会社を俺の手でなんとかしてやろう」という気概なのです。それがない人は絶対にいいものは作れない。

そのためには、やはりまず自分が楽しめないとできない。良い意味で楽しんでやるからモチベーションを維持できるし、自分を追い込むことができる。嫌々やっていたのではできないのですよね。

楽しんでやること。
大事なことなんです。
でも、我社においてそれこそが一番難しいということもまた事実。上記、丸投げ袋だたき育成スタイルですから(笑)

そんな折り、僕のブラザーである先輩が笑いながらこんな話をしてくれました。

「総ちゃん、この会社に来る人は皆強いやる気を持って入ってくるけど、もう四方から叩かれてプレッシャーかけられて、『なんかもうなんでもいいや』って思うときが誰でもある。そんな時は無理しないで、そのままの方がいいよ。無理に気持ちを立て直そうとしたら、必ずすぐにまた折られて完全に切れちゃうから」

潰れちゃうんでしょうね。
僕にも必ずそういう時が来るのでしょう。
大事なのは己を重心としたバランス感覚。

楽しむように意識を向けつつ、苦しいときは嵐が過ぎ去るまで身を委ねることも必要なんですね。

いざとなれば辞めればいい。他で働く自信はあるし。これが、僕はメンタルコントロールには不可欠だと思います。本当に本当に本当に大一番の勝負を迎える時。そういう時は「退路を絶つ」ということは大事です。ここ一番の力が必要ですから。

しかし、決勝戦ではない日常を戦うためにはそれは得策ではないと思います。言うなれば、常にナイフを突き付けて走るわけですから。半ば、自分の意思ではなくなる。長く安定した戦いをするときは、いかに平常心を保つか。そのためには逃げ道という選択肢を常に抱えておく必要がある。
今の会社に入って、ありえないプレッシャーや、クズのような評価をくだされて滅入ってる時、その度に僕は自分にこう言い聞かせます。


「僕はいつでも逃げられる。だから今は逃げないんだ」
posted by 総さん−ソウサン− at 22:57| ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月11日

少しずつ意識が向いてきた。

ここのところ、以前に比べると本部長に怒られる回数が減り、褒められることもでてきました。
「気が利く」ということに少しずつ意識が向いてきたなぁと思いますね。

元来、僕はもともと相手の動向を観察するのは好きな方だし、相手の好みに合わせて知識を広げることにも興味が向かう方。でも、これは実は大きな限定があって「好きな人」に限ります。だから、友達とか仲の良い人に限る。興味のない人は果てしなくどうでもいいという人です(笑)そういう所が仕事に出て、本部長の逆鱗に触れていたんだろうなと思います。


相手の状況を察し、相手に合わせた行動をする


言葉にすると簡単で、実際その辺のオッサンでも同じフレーズをよく発していると思います。でも、これは考えているよりはるかに難しく、やり切ることは絶対にないですね。しかも、やればやるほど効果は小さくなる。些細なことですから。でも、そこができるかどうか、その差が「気が利く」かどうかの差であり、たとえ小さくとも詰めるのが難しい部分なんだろうなぁと思います。大まかな事は誰でもできますからね。


会議中、先輩の視線が自然に入る所に腕時計を置く。

サイトの話になったら、議事録を手書きに移行し、即座にノートPCで該当のサイトにアクセスする

手持ちの資料で話を始めたら、持参したファイルから同じ資料を探して出す

先輩に次の外出先がある場合、次の行き先に近い最寄り駅を捜す。

最寄り駅の時刻表を出力して持参する。

到着時間から逆算した電車経路を持参する。

サラダとマグカップのスープが出て来たのですが、先輩が席をたった隙を見てマグカップを左手側から右手側に移動する、とか。

「会議中なんだけど、ノートPCを会議室に持ってきて欲しい」と言われたら、届けるまでにPCを立ち上げておく、とか。

タクシー移動なら、雨が降ったら15分前にタクシーを呼ぶとか。


ほんとに些細なことです。
気がつけば誰でもできる。
でも「気がつく」のが難しい。

相手は、次何をしようとしているのか。これをいかに深く的確に考えられるか。簡単そうだけど、そのためには相手の置かれた状況、立場、心境、ともすれば癖まで気を回さなきゃならない。そう考えると難しいでしょ?


でも、相手に与える効果自体はさほど大きなものでもない。鈍感な人だったら気付かないかもしれない。でもそこに神経を張り巡らせられるかどうかが、分かれ道。


世の中の「良いモノ」はそれができているから、愛される。それを作れる人は、そういう考え方が出来る。それが出来る人は、なぜできるのか。自分も似たような経験をしてるから、わかる。わかるから、できる。できる人は、たくさんのことを経験しているから、わかる。


「気が利く人」になるのは、難しい。
posted by 総さん−ソウサン− at 00:17| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月05日

妹の結婚式。

反応というか反響が大きいので、感想を記事にします。

良いか悪いかで言ったら良い式でした。まあ、オーソドックスな結婚式でしたけどね。妹はボロボロ泣いてました。母さんは最後の新婦挨拶の時、多少眼が赤かったかなぐらい。他のタイミングは全く持って涙なし。にこやかにしてました。親父も同様。さすがに、バージンロードを妹と歩いてる親父はなかなか感慨深いものでしたけどね。

さてさて、ワテクシですが、思ったとおりビミョーでした。立ち位置がわからん(笑)なんで同級生がいるんだか。主役の同級生は叔父や叔母に「これからヨロシクお願いします」て、変な絵ですよ〜(笑)

でも、やっぱり感動は0。
涙なんて、出ましたよ。
あくびでね。
なんかね、やっぱり興味がないというか実感がないというか。そう、実感がない。そんな感じ。
「で?明日からどうなるの?」っていう感覚が消えないんですよ。「明日から苗字が代わるんですよ。奥様になるんですよ」っていうことなんですが(笑)


なんでその実感がないのか考えてみたのですが、「実感がない」っていう感覚自体が、もうおかしいんだなぁと気付きました。適切じゃない捉え方というか。苗字が変わるとか、奥様になるとかね、そもそもどうでもいいんですよ。興味がない。妹は妹だし、付き合い方が代わるわけでもない。友達なら、結婚によって生活も変わりますが、妹は生活の接点すら貧弱ですからね。毎日連絡取るわけでもないし、遊びに行くわけでもないし。仮に、メシでも食いたきゃあ呼び出せばいいんだし。

カレーがハヤシライスになったら、実感ありますよ。あーこれはカレーじゃないよなーって。でも「今日はおイモが、男爵からメークインに変わってます」て言われても、ああそう、ぐらいにしか思わないわけですよ。


つまり、そもそも苗字や奥様というステータスを見ていないってことなんです。苗字なんて、産まれた時から同じですから(笑)どうでもいい。

「だからなんなのよ。イモはイモとしてちゃんと入ってて、普通にカレーやんこれは」
っていう感覚なわけです。
「明日から何が変わるの?」って、妹に関していえば何も変わらないのです。だから、特に何も感じない。

あとね、感動しない理由がもう一つ。どんなに演出されても、どんなに感動的な手紙を読まれてもダメなんです。今までの全ての実生活の裏側を知ってるから。他人の結婚式に行くと、僕は感動屋なので手紙や小さい頃の写真を見て勝手に頭の中でドラマが展開されるのです。ああ、こんなにカワイイ時から育てて、大変やったろうなぁ、今日嬉しいけど切ないんだろうなあ、ありがとうて、嬉しいだろうなぁ、いろんなことあったんやろうなあ・・・って。

でも、実親や実妹は無理。「そんなこと言って、昨日寝ながらテレビ見て大笑いしてたしなぁこのオバハン」「一昨日、家でグダグダ親に文句たれてたしなぁこのガキャー」とか思うと、なんかもう演劇にしか見えないんですよ(笑)「何を言ってるんだコイツ(笑)」とか(笑)

でも、一つだけ。
劇的に変わることがありますね。
妹じゃなくて、義弟ができること。彼とことあるごとに会うことになるわけですよ。そりゃ、違和感ありまくり。

そして、それを実感したのが最後の花束贈呈。
両親に満面の笑みで迎えられる彼を見て、少し嫉妬した。あれ、おかしいな、そこは僕一人の席なのに。もう一人席ができちゃうんだって。なんとなく、自分の価値観を垣間見た感じです。きっと、僕はむすめが出来ても彼氏に嫉妬したり、イジメたりはしないです。間違いなく。バカバカしい。でも、結婚する時、新郎の父を「おとうさん」と呼ばれるのが1番へこむんだろうな。
posted by 総さん−ソウサン− at 21:06| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月30日

今日は妹の結婚式。

なわけです。
6月30日。

良い式になるといいなあ、めでたいなあとは思う。
けどやっぱり、あまり興味がない(笑)
もうね、ほんと話す人話す人、「妹がお嫁にいっちゃうんだね!」
とか、「お兄ちゃん大変だ!」「強がっちゃって〜!」
なんて言われるんですが、もうそれが一番めんどくせえ(笑)

いや、ほんとになんかやる気がないというか興味がないというか・・・。
だって、僕3日前までどこでやるのかすら知らなかったぐらいですから(笑)
最寄の駅は知ってましたが、具体的にどこの結婚式場で、何時からやるのかすら知らなかった・・・・。

なので、たぶん泣かないです。
3月の友人の結婚式では泣いたのに(笑)
別に、こともあろうに妹夫婦は超近所に住むし、そもそも既に家にいないし、僕毎日帰り遅いし・・・で。まあ〜、よかったねぇ〜ぐらいなもんだろうな・・・。

まあ、適当にお兄ちゃんやってきます。




・・・・・・・。




違うのね。
これが一番憂鬱なのね。
「お兄ちゃん」や「長男の顔」で参加するのに、「新郎の同級生」という顔も合わせてしなきゃいけない。なんだよそれめんどくせえよ(笑)新郎の友人は本来全く関係のない人のはずなのに、中学の同級生がいっぱいいるわけですよ。「家の顔」を外の人に見られる。なんか、家でパジャマ姿の自分をマジマジと見られる感じです。

間違いなく、今日の結婚式で一番複雑な心境なのは僕に違いない(笑)
ササっと参加してきます。

おにぃty・・・・いやどうきYuせ・・・・ぅあぶぶぶ。
posted by 総さん−ソウサン− at 10:33| ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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