野洲高校の名は大会前から知ってました。
9番青木が注目選手で各誌に載っていて(はず)、また神奈川代表の淵野辺が高松商との初戦に勝利していれば2回戦で当たる相手だったので。
「クリエイティブなサッカー」
紙面を見ているまでは、特に目にも留まらなかったですハイ。
マスコミが無理に騒ぎ立てるおかげもあって、この言葉にサッカーファンは胸を躍らせ、そして実際にそのチームが披露するコンテンツに失望したり、希望を抱いたりしていたから。
そう、本当の意味でクリエイティブなサッカーをするチームの絶対数や割合は少ないけれど、サッカーファンが夢を見るそのフレーズ自体はさほど珍しい言葉では無いのですね。
要するに僕の気持ちはこう。
「へー。そのうち一度見て見たいね〜」
古のヴェルディ、全盛期のジュビロ、その昔のアヤックス、セルタ、バルサ、そして現バルサ、ブラジル。
「うまい選手を置いてスペクタクルと、そして汗かきの組織のバランスの調和のとれた好チーム」
■野洲サッカーの凄いところは
野洲もまあ、そんなところかなと。
準決勝をほんの少し楽しみにTVをつけると、ブラウン管から彼らが披露したコンテンツは僕の度肝を抜いた。こんなサッカー後にも先にも見たことが無い。
確かに、かなり技術のある選手を並べている。
そして、その技術をピッチ上でいかんなく発揮し、サッカーの醍醐味ともいえるドリブルやパスを見せている。各誌(および各紙)も、著名人も、そしていくつか回ったブログでもその様なことを褒めていた。本当にうまい選手が多く、そのプレーの連続を披露するテクニカルなサッカー。
僕は、これは的を射ていないと思う。
野洲のサッカーの凄いところは、そこじゃない。
それは、今までのチームにもあった。
東福岡の三冠達成したチームの方が、きっと上記の様な表現は当てはまるんじゃないだろうか。ドリブル突破や目の覚めるようなスルーパスは、ある意味際立った能力を持つ選手なら出来る。個人では出来る選手は他にもいる。野洲のオリジナルじゃあない。
野洲が本当に優れているのはサッカーに対する意志や、その疎通力。浸透性。
野洲は別にドリブルはそこまで多くない。中盤では基本的にパスワークを基本として崩す。
ただ、勝負の局面に立ったとき、たとえそれが劣勢の状況でも「そこでいくか?!」という場面を突破する。だから。ドリブルが多く見えるのだと思う。(距離の長いドリブルが、他校より多いのは事実だが)
また、野洲のサッカーはヒールキックが異常に多い。これが本当に多い。
そのヒールキックを出す選手をマスコミは褒める。確かに凄い。
でも、本当に凄いのはそこじゃない。
決勝戦の決勝ゴールを見てもわかると思う。
野洲の選手にはヒールキックを蹴るときの違和感が一切無い。
ものの見事に、自然に出してみせる。
そしてもっと凄いのは、寸分たがわず"そこ"に味方が走りこんでいる。これが凄い。
ヒールキックなんて、技術的には実はそんなに難しくない。
ヒールキックは、技術よりも判断が難しい。
自分の背後へ、ほぼノールックで出すわけだから。
敵を欺けるが味方も欺いてしまう危険を多くはらむ。
もし、それを失敗すれば、前掛かりになっていた所を突かれ、
一気にカウンターをくらい即失点ということも大いにありうる。
野洲のサッカーが凄いのは「ヒールキックを出した意外性」ではなく
「あいつは必ずここに走りこんでいるはず」
「あいつは必ずあそこのスペースに敵を欺いてパスを出すはず」
という、この高い信頼性が凄いのだ。
イレブン全員が自分たちのサッカーを共通理解し、そして同じ絵を共有する。
絶対の自信を持ち、決して臆することなく味方を信じて走る。
局面でのドリブル突破も同じ。
囲まれても決してあわてず、果敢にチャレンジしていく。
味方もそれを指示し、そして信じ「あいつはあそこを突破してくる」と絶対の自信を持ってスペースへ走る。
■野洲サッカーの守備
また、野洲のサッカーが他と異質なのはそれらの信頼が守備にも活かされていること。
基本的にうまい選手は守備が嫌いだ(笑)けれど、野洲の選手は全員がボールを奪われた瞬間から守備に走る。だからプレスもうまい。ただ、DFに関しては個人で守っている印象が強く、守備戦術としては高くないと思う。けれどそれも、野洲の攻撃サッカーを展開するにはある程度目をつぶらなければならない部分なのかもしれない。
野洲が本当に凄いのは、うまい選手が驚異的なプレーをすることじゃない。
全員が強い信念を持ち、ともすればリスキーな自分達のサッカーに自信を持ち続け
そして何より、同じ仲間と血の滲むような努力をし、苦しい経験をして勝ち取った
互いの強い絆で結ばれた「信頼」が見せる、チーム全体の意外性やスペクタクルな
サッカーが凄いのだと僕は思う。
■野洲サッカーにダブって見えたあの伝説のチーム
ふと、昨日の決勝で野洲のサッカーを見ていて思うことがあった。
これと似たようなチームをどこかで見たことがある。
そのチームは、笑われてしまいそうだが、サッカーファンなら誰もが知っている
あの漫画のチーム。
そのチームの名は掛川高校。
「青き伝説 シュート」の主人公チーム。
野洲のサッカーの長所と、掛川の長所は全く同じだ。
自分達のサッカーに自信を持ち、サッカーに流れる「リズム」を掴み決して臆することなく攻撃をしかける。
天才 久保嘉晴
「ボールを持ったら観客全てが自分を見ていると思え。そして少しでもボールをゴールへ近づけろ」
野洲高校 山本監督
「相手に囲まれたら『やばい』ではなく、目立つ好機と思え」
「シュート」の連載の中で、ミラクルチーム掛川と対戦する事を目標に快進撃を続ける神奈川代表:久里浜高校は、掛川の事をこう評する。
「掛川の奇跡は、凄い選手がたくさんいるということじゃない。決して臆することなく自分達の攻撃サッカーを貫ける、チャンスに一気に突っ込むことの出来る勇気を持った選手が、ここに集まったことが奇跡なんだ」
また同様に「シュート」の連載の中で、後に高校サッカーNO.1の司令塔となりセリエAのユベントスに移籍する神谷は、掛川に入学する以前までは「チームプレーの出来ないスタンドプレーヤー」と揶揄されていた。しかし、掛川に入ることでその汚名を晴らすこととなる。神谷の評価を変えたのは、神谷の能力を信じて走り、パスを受ける掛川のチームメイトの存在だった。
野洲も同じじゃないだろうか。
どんな鋭いドリブルも、トリッキーなパスも、味方が信じて走りこんでいなければそれは「独りよがりのスタンドプレー」となってしまう。信頼して動く味方がいるからこそ「高次元でのチームプレー」となる。
決勝戦のゴールも、掛川そのものだったと思う。
あの苦しい時間に、今大会屈指のファンタジスタ14番乾は、前回王者に対し臆することなくドリブル突破を仕掛け、そして"そこ"にボールを置いてくるようなヒールキック。完全に意表を突かれた鹿実とは裏腹に、野洲の10番平原は一切の迷い無く"そこ"へ走りこんでいて、その絵を描き、右サイドをあがっていた中川真吾へグラウンダーの、一切走る速度を緩める必要の無い絶妙なパス、そして、あの時誰もが思ったに違いない「シュート!」の絵を裏切り、センタリングをあげる。
そこには、「必ず来る」と信じて走りこんだ瀧川。
平気で中一日や連日試合をこなす高校サッカーの、最後の試合である決勝戦の、延長後半とは思えないプレーの連続だ。
■野洲サッカーのアイデンティティーを植えつけたその人
また、山本監督も評価したい。
守備にしても、攻撃にしても、野洲のプレーはリスクが高い。
ドリブル突破にしても、意外性のあるプレーにしても、中盤でのリスキーな繋ぎにしても。繋ぎすぎて、カウンターを食らうことはきっとザラだったろうし、本人の語るとおり「うまいけどあれじゃ勝てない」と中傷されたのは一度や二度では無いはず。
野洲のようなサッカーを展開するには、選手以上に、チームを指揮する監督が絶対の自信を持って、チームにアイデンティティーを注ぎ込まなければならない。とかく、監督というのは勝利のために、組織を植えつけたがる。フィリップ・トルシエはその最たる例だろう。そこをグッとこらえ、選手達に「お前達のサッカーをやれ」と発し続け、そして選手達のチャレンジするメンタルを築き上げたこの山本監督は、掛川で言うところの久保嘉晴や神谷にあたる。
また、基本的に「夢物語」である漫画ではあまり描かれていない「守備」の部分。あれだけの攻撃の素質を持ったイレブンに、しっかりと「自分達のサッカーをするために必要な守備への貢献」と「最低限度の約束事」を植えつけた事もまた、とても難しく、評価されるべきところだと思う(我が日本代表監督にはこれが足りないと思うのだが・・・)
■野洲サッカーの力
野洲の本当に凄いところ。
それは選手、監督全員が自分達のサッカーを信じ、決して諦めることなくチャレンジしたその「信念」と「信頼」だと思う。
巷で騒がれている「野洲高校のサッカーはサッカーを変えることができるか?」
これは適切じゃない。
「日本サッカーは野洲のサッカーから何かを感じ取ることができるか?」