2006年12月10日

オシムサッカーを見ていると切なくなる。

W杯が終わってからというもの、サッカー系のエントリが激減していますね。別に見る機会が減ったわけではないのですが。

「走るサッカー」
もう、ジーコの時にはそんなこと一言もいわなかったマスゴミさん達がこぞって騒ぎ始めましたね。走ることは必要ですよ、今も昔も。僕は前からそれを書いていますよねえ。ほんと。上手くても走らなきゃいかんのです。でも、走りつつも上手くなきゃいかんのです。うん。

昨今のオシムサッカーやそのような風潮を見ているととてつもなく切なくなるのです。なぜ、もっともっと早くそっちの方向へ行かなかったのか。わかっていたことなのに。よく走る選手、そこでスペースを生み相手をかき乱して敵守備陣にギャップを生み出すプレイヤーとして、千葉の羽生や山岸が代表に選ばれ、その動きの質の高さを賞賛されていますね。そして、民放各局のサッカー解説者はスポーツニュースで、それを視聴者に教えるように解説する。

これが、凄く切ない。
いや、羽生も山岸もいい選手ですよ。
羽生は、デビューした頃から知ってます(確かユニバーシアード日本代表だった)があの動きの量は良いと思います。他のMF陣にはない動きですね。でも、パスセンスやドリブル突破力、シュートセンスはどうかというと、僕の目には「うーん」なんですよね。別にド下手というわけではないのだけど、うまいなあとは思えない。もっともっと早く日本のサッカー観が羽生のような選手を重宝する価値観に目覚めていれば・・・と思うと、もったいないことしたなあ、とちょっと切なくなったりします。

もし、運動量豊富で敵陣をかき乱せる選手を日本サッカーが本当に必要としていたら、森島なんかはもっともっと偉大な功績を残していたんじゃないか、なんて空想してしまうのです。僕の完全な主観ですが、パスセンスやドリブルテクニック、得点力のどれを取っても、僕は森島の全盛期の方が上だったと思います。そして、あの敵陣の中に切れ込む質の高い動き。本当に上手い。中盤からトップへの顔の出し方、体の使い方、走りこむ軌道、敵守備陣から消える動き、FWのゴン中山を除けば日本サッカー史において、技術と動きの質のトータルバランスが最も優れた選手だと思います。絶対、今なら日本の中盤に欠かせない人材だったと思います。

そして、森島よりもっともっと表舞台に出てこなかった"運動量系司令塔型選手"、加藤望。長らく柏レイソルの10番を務めたテクニシャン。ゲームを作るセンスや、スルーパスの技術は森島よりこの人の方があったと思いますね。ほんと、よく動き回る司令塔だった。若返って欲しい(笑)

最後に、藤田。
この人こそ、日本の宝の持ち腐れのまま現在に至ってしまった選手でしょう。いやあ、ほんと上手い。俊輔や小野のような、足元で球をこねて観客を沸かせるような選手ではない。でも、中盤で動き回り、狭い地域でも苦としないトラップ技術、そして中盤の密集地からスルスルっと抜けて、完璧なトラップからのゴール。年齢的な全盛期だったと思われる時に、代表にこの選手のポジションはなかった。そこには「ファンタジスタ型」の選手が一人入るだけで、他は職人達のポジションしかない。いまもって、この選手を世界に売れなかったのがとてつもなく悲しいです。走りながらのボールコントロールが本当にすばらしい。だから、密集地でも裏をかくプレーができるんでしょうね。森島や加藤望ほどの運動量はなかったけど、それでも日本人が愛してきた"ファンタジスタ"よりは数段上の心肺機能を持っていたと思います。


う〜ん。
オシムサッカーを見ていると、運動量先行でボールが足につかない選手が目に付く。だからこそ、彼らをピッチに探してしまうのですよ。


posted by 総さん−ソウサン− at 12:02| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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