2004年12月07日

らーめん屋で出会った男。

以前、鎌倉のちょっとコジャレたらーめん屋に行った。
雑誌にも良く載るし、味は一級品。長時間並ぶ事を考えれば、明らかに中村屋より評価していい店だと思う。
店内はレトロな感じ且つカジュアルで落ち着いた感じの、一風変わったらーめん屋のつくりになっている。


その店に、だ。
上下紫のピッチピチのジャージ。足首はこれでもかというほどしまっていて、その下から白のソックスがアリアリと見えている。髪は黒髪の天然パーマに寝癖というオプション付き。黒ぶち眼鏡に、眠そうな目。体はガリガリで猫背。
見るからに出来るだけ遠ざけたいオッサンが一つイスを空けた隣りに座ってらーめんをすすっていた。土曜日の12時過ぎのことだ。

僕は最初、彼に対してネガティブなイメージを持った。
何をしているんだこの人は。
土曜の真昼間にこんな格好して一人でらーめん?
恥ずかしくないのか?頭はぼさぼさだし、この店にこんな格好で来て。
結婚は?奥さんは料理をつくってくれないのか?
その酷い様にほんの少しだが憎悪の気持ちをもった。
ありえない。
まっとうに生きる気はないのだろうか。
近くのコンビニに来てるわけではない。また、若者でもない。いい歳こいたオッサンだ。
もう少し、外見というものに気を配るべきではないのか?


僕は、大人というものは外見に気を使うべきだと思う。それはオシャレとかファッショナブルとかそういうことではなく。態度も含めた外見。
ネクタイに意味が無いという人もいるが、しかし正式な場ではまだまだネクタイの着用が意味を持つ。

人の内面は見えない。当り前だ。子供なら、そのままでいい。
けれど、社会に出た大人はその自分の内面、意識を外に表現しなければならないと思う。
「がんばった」では済まされない。むしろがんばらなくても結果さえ残せばいいと思う。
がんばってもダメな人よりはずっといい。

相手にも心があるということを前提として、自分の内面に潜む意識を結果として表現するべきだと思う。ネクタイはその一つだとも思うわけで。ネクタイに限った事ではないけれど。全てにおいて。
「見た目で人を判断するな!!!」と他人に訴える人は僕は子供だと思う。
人は相手を判断する時、ごく自然に外見を見てしまうもの。それは受け入れるべきだ。
そして、それも含めて「自分がこう見られたい」と思うのであればそういう風に振舞わなければならないと思う。それをせずに「勝手に判断するな!!」というのは矛盾にもほどがある。

別に、外見で人の全てを判断しても構わないというわけではない。以前にこのブログに書いたように、物事の本質を見抜くと言う事は大事な事で、外見に左右されてはいけない。真っ直ぐ人やモノが見れるように人は努力せねばいけないと思う。
思うのだが、完璧には絶対には無理。完璧には無理だから諦めるか、少しでも完璧に近づけるかという所で、努力すべきだということ。そして、自分が表現する際は、「人はどうしても外見である程度は判断してしまう」ということを前提に、セルフプロデュースすべきという事。

そういう考え方が僕にはあるので、このラーメン屋のオッサン客を見たとき、ネガティブな発想が生まれた。けれど、彼を見れば少なからずそういう印象を持つ人はいると思う。その時も僕はそう思った。

そして、そこで新たな発想が生まれる。
では、違う見方をしてみたらどうだ?


実はこのオッサンは銀行の支店長かなんかで、毎日ピシっとしたスーツに身を包み、不良債権処理の悩みで毎日毎日張り詰めた空気。お客様には毎日頭を下げアクセク気を病みながら働いている。
しかし、土曜は妻も子も出かけ唯一朝寝坊ができる。家族がいないおかげで昼食はないのだが、それよりもこの限られた無と孤独の空間を楽しめる事に安堵する。

そして、この男の最近の唯一にして最大の楽しみ。
歳はまだかなり若いが、近所でとてつもなく美味いらーめんを作る若者の店。
起きたままのグダグダのジャージで、頭髪も気にせず、嫁の悪口、子の嫌味にも開放された男は、その若者が無言で作るラーメンを唯一の楽しみ毎日の仕事に励み、頭をさげる。


そんな想像をしていたら、ちょっとおかしくなった。
そして、微笑ましくもなった。
あくまでも、僕の空想に過ぎない。
そのオッサンがいったい何者なのか、知る由もないし、必要も無い。
そう、ただの僕の空想。
わかっているのだけれど、なぜか微笑ましく見るようになった。

モノの見方というのは、やはりいかようにも変わる。
変わるからこそ、自分が発する時は気をつけて表現しなければならないし、責任を持たなければならないと思う。
そして、相手を判断する時は出来るだけ多角的にモノを見れる人間でいたい。人は、一つの視野でモノを判断できるほど目はよくないから。


店を出て、車を出して近くをウロウロしていた。
さっきのオッサンが、バーゲンだったのだろうかトイレットペーパーを両手に抱え信号を渡っていた。頭の上がらない奥さんに指示されたのだろうか。


コレは僕の空想に過ぎない。
過ぎないが、でも、なんだか楽しかった。


posted by 総さん−ソウサン− at 21:59| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素晴らしい発想。最高でした。
いや〜読んでて楽しかったです。
毎日会う変わった人に出会った時、こんな発想をしてみたら楽しい一時が送れそうですね!!
Posted by at 2004年12月10日 22:10
ども!!返事送れてすんません。

妄想家なんですよ基本的に(笑)マニアックというか・・・。
でも、妄想家って人生楽しんでるとも思いますよ(笑)
Posted by 総さん ―ソウサン― at 2004年12月13日 21:40
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