2007年08月03日

ふわふわりの平日。

どうも、毎日そわそわしますね(笑)
やっぱり、未来が何も決まっていない、収入源がないというのは何か落ち着きません。社会人としては正常なんでしょうけどね。

とりあえず、このままどの道に進むとしても、短期の仕事でも、夢に向かう長期の仕事にしても食いブチを見つけにゃあ生きていけないので、派遣に登録したり就職情報誌を見たりしています。これはこれで結構楽しい(笑)そして、毎日の穏やかなこと。特にWeb業界に入ってからは忙しさに追われ毎日を走り抜けてきた気がします。気づけば、常にトップギアで走っていたような。何かしらの責任にプレッシャーを感じていたり。それがモチベーションだったりもするのですが。

けれど、ふと社会の流れから外れてみると、穏やかですね。
新宿にいても横浜にいても湘南にいても、毎日を組織の歯車として過ごしている人が大半の中で、すれ違う人すれ違う人、これまでの自分を見ているようです。いつかはそこに、戻らなきゃいけないんですけどね。その中に紛れ込むと、自分だけ社会に取り残されたような、ふと、そんな孤独感を感じます。同時に、今は走らなくてもいいんだなという安堵感も感じられる。

いつも絶対に見られないようなTVを見て、絶対にでかけられないような時間に外をブラブラする。いつも飲めないような時間に呑んで、いつも寝られないような時間に寝る。ブログ以外の文章を書きたい。遠出をしてみたい。昼間に銭湯でもいくか。そうだ、前から気になっていた湘南の朝市に行ってみたい気もする。仕事や夢以外に、自分には結構やりたいことがあったんだなぁと、新たな自分を見つけたり。

仕事、探さなきゃいけない。
将来を考えることも必要。
でも、僕はもう26歳。
仕事探しながら遊べるくらいじゃないと、
26歳としてはダメかなと思います。

というわけで、ともかくいろんなモンを感じて、
いろんなくだらないことをやりたいと思います。

くだらないこと、大真面目にやるのって大人には難しいので。
とりあえず皆、遊びましょう。


posted by 総さん−ソウサン− at 14:31| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人材という名の力。

今もって、無職になってしまったのに後悔がないのは、結局僕が一番大事だと考えているものが、あまりにも合致しなかったことなんだなぁと、いまさら気づいています。

人と人との繋がり。
僕が一番大事だと考えるものです。
それが、とても薄い。だから、「教育」という概念がない。
そういう会社でした。

「育てよう」ではなく「育たないやつは知らん」というスタンスというか。
前のコメントにも書いたけど「OJT」と「丸投げ」の違い。
僕は新卒からアウトプットは違えど、ずっと制作系の職についてきたので、基本的にOJTで力をつけてきました。だからこそ、違和感を感じるのですね。僕だって後輩や新人を抱えたことはザラにあります。そのときにまず考えるのは「どうやって仕事を叩き込もう?」です。で、その手段がOJTとなるわけですが、いきなりはじめから終わりまでやらせるということはないですね。仕事を細かく切って「とりあえずここまでやってごらん」と言う。で、当然あがってきたものは使い物にならない。使い物にならないことは予測できるのだから、修正も含めて時間を取り、ダメなことを指摘し、時に甘ったれていると思うときは叱った時もあります。それでも、最悪の事態にはならない。そりゃ、そうならないようにコントロールしているから。全ては「こいつをなんとか一人前にしよう」という目的から。

その、目的がないのですね。先日までいた会社には。
だから、仕事を丸投げして、出来ていないと罵声を浴びせる。
はじめから完璧を求めているから、ある意味当然の反応なのですが。
そして、コントロールしようという意識が低いので、修正に対する完全な指示を出さない。意見だけ。それが複数人同時に。対等な立場の上司が口を出すのです。=まとまらない(笑)
で、それでもいただいた意見をもとに一生懸命考えて修正をする。しかし、意見は所詮意見なので、同じことの繰り返し。その上二度目には「なんで一人で考えるんだよ!」と怒鳴られる。逐一報告しようと心がけると「何にも考えてねえのかよ!!」と怒鳴られる(笑)こうなると、もう何が正しいのかわからなくなる。何をやっても起こられるという意識が植え付けられ、病気になる人があらわれる。病気にならずとも、「プロジェクトが終わっても何かを成し遂げた達成感はないよ。怒られたまま終わるだけだから。苦痛を切り抜けたという休息感があるだけ」という先輩も何人かいましたね(笑)つまり「育もう」という意識が薄いから、話に一貫性がなくなるんだと思います。

たとえ話があるとわかりやすいかも。
東京にいる子供に「新大阪へ向かう」というタスクがあったとします。
僕ならまず、電車の乗り方も知らない子には「とりあえず、新大阪までの切符を買ってきて」と言います。戻ってきた子供がぜんぜん違う切符を買っていたら、「お前、これ違うだろ。新大阪を買わなきゃ。新大阪、何で行くか考えた?考えてないよな?」というところから話を始めます。
しかし、その会社は「新大阪に来い!」としか言わないのですね。
で、何もわからない子供はなんとか切符を買って電車に乗るのですが、それが新幹線じゃなく東海道線だったりするわけです。そうすると「お前何考えてんだ!?バカじゃねえのか?!」と、怒鳴る。そして、「新幹線の方がいいだろ」としか言わない。子供は、次は一生懸命考えて、周りを見渡して、時刻表の存在を知り、新幹線の種類を知り、切符の買い方を知って、やっと新幹線に乗れる。しかし、当然時間がかかる。そうすると「お前遅すぎだろ!何やってんだよ!そんなの、調べりゃ簡単にわかるだろうが!わからないんだったら聞けよ!」とまた怒鳴る。学習した子供は、逐一相談するようになる。すると、また「お前なあ、そんなこともわかんねえのかよ!そんなもん、聞かなくても調べられるだろ!!!」と怒鳴られる。


結果。
「何が正しいかわからなくなる」


最悪、これでも「新大阪への行き方」は覚えます。
しかし、ではこの子供はずっとこの大人に着いていこうと思うでしょうか?まあ、思わないですよね。苦痛しか与えられないのだから。「新大阪への行き方」を覚えたら、その大人に用はなくなる。当然、その知識を得たらもっと理解ある大人のところへ行くでしょうね。

僕のように、それを見越して「新大阪への行き方」にすら興味を抱かなくなった人間はスパっと決断しますが、その知識に興味のある人もいるわけで、残る人ももちろんいます。でもね、結局みんなやめていくのです。だから、あの会社のディレクターには1年ちょっとの職歴しか持たないディレクターだらけだったのですね。あとは管理職のみ。

これって、大問題だと思います。
特に、僕らWeb屋は。
別の大手制作会社の人事担当者が言ってました。

「我々Web屋の一番の財産は人材なんです」

おっしゃるとおり。メーカーと違って、Web屋は会社自体にナレッジはないんです。工場とか、独自の技術とかいらないでしょう?そもそも、形のないものを作って売っているのですから。必要なのはPC環境ぐらいで、そんなもんは誰にでも集められる。Web屋の財産は、現場の人間の体内にあるのです。知識や、コミュニケーション能力や、発想力とか、さまざま。考えてモノを生み出す仕事だから、ルーチンワークでもない。新しい人が来てパッとできるわけではないんです。いくつもの案件をこなすことにより力を蓄え、それをまた次の案件に活かす。そして、また新しいものが生まれる。会社の組織力を使って蓄えた力=人が外に流出したらどうでしょう?大きな大きな損失です。その人にいったい会社はいくらかけてきたと思ってるんですかと。

媚びるというと言葉は悪いかもしれない。
けれども「気に入ってもらうよう行動する」ということは、大事だと僕は思いますけどね。
posted by 総さん−ソウサン− at 02:05| ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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