今もって、無職になってしまったのに後悔がないのは、結局僕が一番大事だと考えているものが、あまりにも合致しなかったことなんだなぁと、いまさら気づいています。
人と人との繋がり。
僕が一番大事だと考えるものです。
それが、とても薄い。だから、「教育」という概念がない。
そういう会社でした。
「育てよう」ではなく「育たないやつは知らん」というスタンスというか。
前のコメントにも書いたけど「OJT」と「丸投げ」の違い。
僕は新卒からアウトプットは違えど、ずっと制作系の職についてきたので、基本的にOJTで力をつけてきました。だからこそ、違和感を感じるのですね。僕だって後輩や新人を抱えたことはザラにあります。そのときにまず考えるのは「どうやって仕事を叩き込もう?」です。で、その手段がOJTとなるわけですが、いきなりはじめから終わりまでやらせるということはないですね。仕事を細かく切って「とりあえずここまでやってごらん」と言う。で、当然あがってきたものは使い物にならない。使い物にならないことは予測できるのだから、修正も含めて時間を取り、ダメなことを指摘し、時に甘ったれていると思うときは叱った時もあります。それでも、最悪の事態にはならない。そりゃ、そうならないようにコントロールしているから。全ては「こいつをなんとか一人前にしよう」という目的から。
その、目的がないのですね。先日までいた会社には。
だから、仕事を丸投げして、出来ていないと罵声を浴びせる。
はじめから完璧を求めているから、ある意味当然の反応なのですが。
そして、コントロールしようという意識が低いので、修正に対する完全な指示を出さない。意見だけ。それが複数人同時に。対等な立場の上司が口を出すのです。=まとまらない(笑)
で、それでもいただいた意見をもとに一生懸命考えて修正をする。しかし、意見は所詮意見なので、同じことの繰り返し。その上二度目には「なんで一人で考えるんだよ!」と怒鳴られる。逐一報告しようと心がけると「何にも考えてねえのかよ!!」と怒鳴られる(笑)こうなると、もう何が正しいのかわからなくなる。何をやっても起こられるという意識が植え付けられ、病気になる人があらわれる。病気にならずとも、「プロジェクトが終わっても何かを成し遂げた達成感はないよ。怒られたまま終わるだけだから。苦痛を切り抜けたという休息感があるだけ」という先輩も何人かいましたね(笑)つまり「育もう」という意識が薄いから、話に一貫性がなくなるんだと思います。
たとえ話があるとわかりやすいかも。
東京にいる子供に「新大阪へ向かう」というタスクがあったとします。
僕ならまず、電車の乗り方も知らない子には「とりあえず、新大阪までの切符を買ってきて」と言います。戻ってきた子供がぜんぜん違う切符を買っていたら、「お前、これ違うだろ。新大阪を買わなきゃ。新大阪、何で行くか考えた?考えてないよな?」というところから話を始めます。
しかし、その会社は「新大阪に来い!」としか言わないのですね。
で、何もわからない子供はなんとか切符を買って電車に乗るのですが、それが新幹線じゃなく東海道線だったりするわけです。そうすると「お前何考えてんだ!?バカじゃねえのか?!」と、怒鳴る。そして、「新幹線の方がいいだろ」としか言わない。子供は、次は一生懸命考えて、周りを見渡して、時刻表の存在を知り、新幹線の種類を知り、切符の買い方を知って、やっと新幹線に乗れる。しかし、当然時間がかかる。そうすると「お前遅すぎだろ!何やってんだよ!そんなの、調べりゃ簡単にわかるだろうが!わからないんだったら聞けよ!」とまた怒鳴る。学習した子供は、逐一相談するようになる。すると、また「お前なあ、そんなこともわかんねえのかよ!そんなもん、聞かなくても調べられるだろ!!!」と怒鳴られる。
結果。
「何が正しいかわからなくなる」
最悪、これでも「新大阪への行き方」は覚えます。
しかし、ではこの子供はずっとこの大人に着いていこうと思うでしょうか?まあ、思わないですよね。苦痛しか与えられないのだから。「新大阪への行き方」を覚えたら、その大人に用はなくなる。当然、その知識を得たらもっと理解ある大人のところへ行くでしょうね。
僕のように、それを見越して「新大阪への行き方」にすら興味を抱かなくなった人間はスパっと決断しますが、その知識に興味のある人もいるわけで、残る人ももちろんいます。でもね、結局みんなやめていくのです。だから、あの会社のディレクターには1年ちょっとの職歴しか持たないディレクターだらけだったのですね。あとは管理職のみ。
これって、大問題だと思います。
特に、僕らWeb屋は。
別の大手制作会社の人事担当者が言ってました。
「我々Web屋の一番の財産は人材なんです」
おっしゃるとおり。メーカーと違って、Web屋は会社自体にナレッジはないんです。工場とか、独自の技術とかいらないでしょう?そもそも、形のないものを作って売っているのですから。必要なのはPC環境ぐらいで、そんなもんは誰にでも集められる。Web屋の財産は、現場の人間の体内にあるのです。知識や、コミュニケーション能力や、発想力とか、さまざま。考えてモノを生み出す仕事だから、ルーチンワークでもない。新しい人が来てパッとできるわけではないんです。いくつもの案件をこなすことにより力を蓄え、それをまた次の案件に活かす。そして、また新しいものが生まれる。会社の組織力を使って蓄えた力=人が外に流出したらどうでしょう?大きな大きな損失です。その人にいったい会社はいくらかけてきたと思ってるんですかと。
媚びるというと言葉は悪いかもしれない。
けれども「気に入ってもらうよう行動する」ということは、大事だと僕は思いますけどね。
posted by 総さん−ソウサン− at 02:05| ☔|
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