2007年07月05日

妹の結婚式。

反応というか反響が大きいので、感想を記事にします。

良いか悪いかで言ったら良い式でした。まあ、オーソドックスな結婚式でしたけどね。妹はボロボロ泣いてました。母さんは最後の新婦挨拶の時、多少眼が赤かったかなぐらい。他のタイミングは全く持って涙なし。にこやかにしてました。親父も同様。さすがに、バージンロードを妹と歩いてる親父はなかなか感慨深いものでしたけどね。

さてさて、ワテクシですが、思ったとおりビミョーでした。立ち位置がわからん(笑)なんで同級生がいるんだか。主役の同級生は叔父や叔母に「これからヨロシクお願いします」て、変な絵ですよ〜(笑)

でも、やっぱり感動は0。
涙なんて、出ましたよ。
あくびでね。
なんかね、やっぱり興味がないというか実感がないというか。そう、実感がない。そんな感じ。
「で?明日からどうなるの?」っていう感覚が消えないんですよ。「明日から苗字が代わるんですよ。奥様になるんですよ」っていうことなんですが(笑)


なんでその実感がないのか考えてみたのですが、「実感がない」っていう感覚自体が、もうおかしいんだなぁと気付きました。適切じゃない捉え方というか。苗字が変わるとか、奥様になるとかね、そもそもどうでもいいんですよ。興味がない。妹は妹だし、付き合い方が代わるわけでもない。友達なら、結婚によって生活も変わりますが、妹は生活の接点すら貧弱ですからね。毎日連絡取るわけでもないし、遊びに行くわけでもないし。仮に、メシでも食いたきゃあ呼び出せばいいんだし。

カレーがハヤシライスになったら、実感ありますよ。あーこれはカレーじゃないよなーって。でも「今日はおイモが、男爵からメークインに変わってます」て言われても、ああそう、ぐらいにしか思わないわけですよ。


つまり、そもそも苗字や奥様というステータスを見ていないってことなんです。苗字なんて、産まれた時から同じですから(笑)どうでもいい。

「だからなんなのよ。イモはイモとしてちゃんと入ってて、普通にカレーやんこれは」
っていう感覚なわけです。
「明日から何が変わるの?」って、妹に関していえば何も変わらないのです。だから、特に何も感じない。

あとね、感動しない理由がもう一つ。どんなに演出されても、どんなに感動的な手紙を読まれてもダメなんです。今までの全ての実生活の裏側を知ってるから。他人の結婚式に行くと、僕は感動屋なので手紙や小さい頃の写真を見て勝手に頭の中でドラマが展開されるのです。ああ、こんなにカワイイ時から育てて、大変やったろうなぁ、今日嬉しいけど切ないんだろうなあ、ありがとうて、嬉しいだろうなぁ、いろんなことあったんやろうなあ・・・って。

でも、実親や実妹は無理。「そんなこと言って、昨日寝ながらテレビ見て大笑いしてたしなぁこのオバハン」「一昨日、家でグダグダ親に文句たれてたしなぁこのガキャー」とか思うと、なんかもう演劇にしか見えないんですよ(笑)「何を言ってるんだコイツ(笑)」とか(笑)

でも、一つだけ。
劇的に変わることがありますね。
妹じゃなくて、義弟ができること。彼とことあるごとに会うことになるわけですよ。そりゃ、違和感ありまくり。

そして、それを実感したのが最後の花束贈呈。
両親に満面の笑みで迎えられる彼を見て、少し嫉妬した。あれ、おかしいな、そこは僕一人の席なのに。もう一人席ができちゃうんだって。なんとなく、自分の価値観を垣間見た感じです。きっと、僕はむすめが出来ても彼氏に嫉妬したり、イジメたりはしないです。間違いなく。バカバカしい。でも、結婚する時、新郎の父を「おとうさん」と呼ばれるのが1番へこむんだろうな。


posted by 総さん−ソウサン− at 21:06| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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