2007年03月31日

プロとはなんぞや。

お金を貰って働いているんだからねぇ・・・。
と、この一年よく思ったものです。
やっぱりプロってすごいと思うんですよ。
僕は今20人近くの仲間が集うグループを纏めていますが、
これがもう本当に職業がバラバラ。

僕はWebディレクター。
も一人Webデザイナー。
消防士と救急隊。
英語教師に、獣医。
DTPオペレータとデザイナー。
不動産屋さん、SE、プログラマ、3DCGクリエータ、パティシエ・・・。
他にもいますね。

話を聞いてると、すごいですね。
自分の知らない世界の情報がドンドン入ってくる。
皆プロですから。まあ、まだまだ若造なのでその道のベテランからすればヒヨッコどもの集まりなんでしょうが。でも、まがりなりにもその道で生計を立てているプロですから。それなりの責任を社会から与えられているということですよね。すごいな〜と思います。

そういう人を尊敬すると言う事は、そうでない人を軽蔑するということです(笑)まあ、人には仕事に対する環境も違うし、そもそもの才能もあるので、一概には言えないんですけどね。でも、僕が軽蔑するというのは、才能や環境とは無縁なレベルの話ですね。ただの、姿勢です。プロとは姿勢から始まると思いますし。

僕が、転職をする理由の一つはコレでした。
ともかく、ともに働いている同僚を尊敬できない。悪い人ではないんですけどね。でも、同業者として尊敬できない。そもそも、知識やスキルでは僕がNo.1でしたから。これは奢りでもなんでもなく。僕、まだこの業界入って2年のヒヨコなのに(笑)もっともっと、尊敬できる先輩が欲しくて、次の就職先を決めました。希望通り、次の会社は僕など足元にも及ばないほどの強者だらけです(笑)

僕の同僚の方はWebディレクターなのにHTMLを知らない。
タグ一つ理解出来てない。
画像の形式一つわからない。
1年半一緒に働いていましたが、わからないなら勉強すればいいのにと思うのに、そういう姿勢が感じられない。
これで、世間様に「Webディレクター」なんて言うこと自体、僕の価値観からすれば罪ですよ(笑)

時代や環境によってわからない技術があるのは仕方ないです。
僕だってわからないことだらけですから。
でも、クライアントはその僕にお金を払うわけです。
わからない技術はわかるように努力するのがプロの仕事でしょう。

次の会社の社長は、なんと500以上のネット上のIDを持っているそうです。「たぶん、君の年収より多くネットショッピングしていると思う」って。Webのプロとして働いてるんだから、それぐらい当り前だと言ってました。「Webのプロが、Webのこと知らないでお客さんの前に出れないでしょう?」と。おっしゃるとおりです。そういう努力を社長として名を馳せた今でもやっているのだから感服します。

僕の同僚は、そういう意味ではアマチュア以下です。
ディレクターという職業は人間がいて初めて成り立つ職業です。
つまり、報連相のレベルが他の職業より一段高いレベルで求められます。電話も打ち合わせも頻繁だし、メールなんて日に何十通も来ますね。それなのにその同僚の方は、物凄くメールの誤字脱字、文章ミスが多い。これが本当に。ほぼ毎日ですね。

メールなんて誰でもかけますよね?
キーボードさえ打てれば誰でも。
そこに慢心が生まれミスが起きるのですが。
でもね、これはケアレスミスなんです。
誤字脱字や記載ミスなんて、確認をすれば限りなく100%に近い領域で防ぐ事ができます。要は意識の問題なんですね。その同僚の方は自分では「確認している」というのですが、変換ミスや日時のミス、宛名のミス、あて先のミスを多発している時点で、そんなものは確認とは呼ばないのですね。たぶん、ただ読んでいるだけなんでしょう。

ちゃんと考えればわかるはずなんですけどね。
メールだって情報をお客様に渡すものなのですから、一つの「納品」なのです。確認しないで納品なんて愚の骨頂ですよね。「確認」て、「確かめて」「認める」作業。お客様に自分が"認めていない"ものを出すなんて、学生のすることでしょう(笑)

僕だって、ミスします。
というか、僕はケアレスミスが以上に多いです(笑)
もう生まれつきでしょうね。頭に描く未来像ばかりに意識がいって、現在の部分への配慮が足りないのです。僕は。将棋とかしているとよくわかります(笑)学生の頃から、数学は苦手。得意なのに、苦手(笑)くだらないミスさえなければ100点だったのに、結果は60点とかザラでした(笑)だから、僕は「決められた事をキッチリミスなくやる」ということに関しては、極度に自分を信用していません(笑)手放しでやれば僕は必ずミスを犯すアホ人間だと思っています。仕事はそれじゃダメなので「じゃあどういう風に確認すればミスが減るだろう?」と考えてやっているだけです。

僕の同僚の方は、僕が引継ぎをしているというのに、その場で「僕、これ忘れると思う」と平気で言えるのですね。耳を疑いますよ(笑)マニュアルを作って欲しいと平気で言ってのける。いや、マニュアルというのは業務標準化を考えたら必要なモノです。でも引継ぎのためにその時に作るものではないですね。常に必要なモノですから。

プロなんだから、仕事を覚えるのは自分。
一度聞いた事は二度と聞けないぐらいの気持ち出ないと、僕は失格だと思います。教える相手だって仕事で教えてくれているのだから。
一度聞いただけで忘れてしまうなら、メモを取ればいい。
その同僚の方はメモをとっているのですが、じゃあ実際に作業をするという時に、メモをみている姿が一切無い(笑)形だけなのですよね。で、メモをメモのままにするから忘れる。同じ事を何度も聞いてしまう。

メモでわからないなら、わかるようなメモの取り方をして後で纏めればいい。教えている側だって相手が人間だということは百も承知なのだから、メモを取りながらその場で再度確認することは嫌がらないでしょう。「マニュアルが欲しい」なんて、それじゃ先生と生徒じゃん(笑)社会人一年生が言う事ですね。まず、仕事を覚えようと思ったら自分用のマニュアルを自分で作れ。それが基本姿勢だと思います。


この人、実は僕より年上で今年35になるのです。
わからないのですが、この世代ってもしかしてバブル就職世代ですか?
だから、新人の時にそういうことを叩き込まれていないのかなと思いました。

知識もなければ努力も無い。
そんな奴プロでもなんでも無いですね。




posted by 総さん−ソウサン− at 16:19| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月30日

大人はわかってくれない。

子供の時からずっとそう思っていました。
一番身近な大人だった両親にこそ、僕はずっとそう思っていたし、子供の頃からの僕の哲学は「親は何もわかってない」でしたね。

いや、当時から自分の事を一番知っている大人は間違いなく両親だったと思います。でも、「一番知っている」は「何でも知っている」ではないのですね。しかし、僕は子供を持ったことがまだないので推測に過ぎないのですが、言葉も喋れない頃からその人間を見続けて来た「親」という立場になると大人は慢心してしまうのかもしれません。子供の事はなんでもわかっている、という態度になられて憤慨したのを良く覚えています(笑)

で、子供ながらに僕は思ったわけです。
親だって一人の人間なんだから、全てをわかるわけがない。
「皆そうなんだよ」「皆同じ様にやっているんだ」
と、僕に発するその言葉を耳にするたびに
「でも、父さんや母さんが毎日学校に通ってるわけじゃないじゃん」
と心の中で呟いていました。
考えてみれば当然のことですね(笑)
今、小学校で何が流行っていて、どんな会話をしていて、どんな遊びをしているのか。情報を処理するコンピュータの性能では"親"という大人に大きく劣る子供でも、それをカバーして余りあるほどの"日常"という圧倒的な情報量が子供には入ってくる。子供には子供の世界があるってことですね。

子供だから、と相手の情報に耳を傾けるというコミュニケーションの基本的な行動を疎かにしてしまい、その割には「子供の事は良く分かっている」という慢心が、結局のところ実際の情報量と、意識している情報量のギャップを生むのでしょう。

というわけで、僕は金銭的なことはいざ知らず、精神的な面では本当に親を頼ってきませんでした。これはもう本当に。悩みを相談した事なんて無いな(笑)一人の人間としては信頼していたけども、結局どうせ自分の事なんかわからないことだらけなのだから、自分の問題は自分で解決して、もっと言えば悩んだ時に必要な心のよりどころや適切なアドバイスというお助けアイテムwこそ、自分で選んでいかなければならないと考えていました。(だから、僕は親子より友達という仲間の方に意識が向く人間になったんでしょう・・・)

話は反れますが、僕と親の関係が悪いと言う事はないです。祖母も含めお祝い事はやったりプレゼントをあげたりもしますから。そして、親が男女であるという事も当たり前に知っているし、それゆえにいろいろな問題を抱えている、つまり「親」という顔だけで成り立っている訳ではないということを早くから理解していた気がします。なので、今はともかく10代後半〜20代前半までは、同世代の友達と親の話をしてもかみ合わないのですね(笑)親が恋愛をしている、だとか、離婚だとか、仲が悪いとか、僕はたぶん高校生の時からそんなことどうでもいいですっていう人だったので。そういう人のほうが珍しいですね。たぶん、親を生意気にも「対当視」して育ったので、逆に「神格化」しないで済んだのかもしれません。親って子供にとって絶対的な存在であることが多いですから。絶対的→対当的の変化こそ親離れ子離れだと思うんですけどね。

それまくりました(笑)
なので、大人なんて杓子定規なことしか言わなくて、そのくせわかった風な事を言うだけで、結局問題の本質を見抜けないんだ「大人はわかってくれない」が僕の口癖だったのですが、いざ大人になってみるとそれもちょっと違うなと思い出してきました。

「大人はわかってくれない」のではなくて。
「話のわからない大人が多い」ということなんだと(笑)
今も、幼少期も思春期も、僕の心を射止めたのは「話のわかる大人」でした。話のわかる大人=自分の事を容認してくれる大人、ではないです。頭がキレて物事の本質を見逃さず、批判も許容もしてくれる大人の人。高校の先生にもいたし、それは友人にもいたし、専門学校の師匠もそういう人でした。

僕は幼少期から親に反発して生きてきたので、早い話が捻くれ者だったのです。今もそうですが(笑)AB型というのも災いしているでしょうね・・・。特に大人に「これはこうなんだ」と断定されればされるほど、そのアンチを探して訴える。アウトローな奴ですね(笑)彼女さんによく言われますが「総さんは、子供にしたら絶対カワイくない」って。そうだと思いますよ(笑)一度、それで認められなくなったら大人を小ばかにするようなクソガキでしたから(笑)

でも、何人かに一人、いや何十人に一人「むむむっ・・」っていう大人が現れるのです。僕の行動も良く分かっていて、その上で注意もするし、応援もしてくれる。それは僕だけにではなくて、教壇や面接、その方が誰かに意思を発しているところ見るだけでもわかります。「むむむ。この人、他の人と違う。こりゃかなわん」って。

僕は子供が好きだし、将来自分も子供が欲しい。
意外がられるんですけど、これでも子供には結構モテます(笑)
オモロイオッサンだと思うんでしょう。

これから生きて行くうえで、たくさんの子供と触れ合うと思います。
僕は「むむむっ」と思われる大人でありたいなと、思います。
posted by 総さん−ソウサン− at 16:09| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月29日

アンチIKEA。

なが〜いこと書いていた遊び文章のデータを紛失してしまった・・・。
ほんと、どんだけ書かないんだというぐらい更新をしていなかったので、その罰だろうか。もう書く気しないな(笑)

先日、話題のIKEAに行きました。
あんまり家具とか興味ないので、その辺でもうアウトなのかもしれないけど、でも確かに安いですね。安い安い!普通の家具店に比べたらベラボーに安いんじゃないでしょうか。確かにデザイン性も優れているし。単純な絵的センスという意味ではとても参考になるんじゃないでしょうか。どれも大雑把な中に細かい芸が効いていて、確かに日本人ぽくないデザインだなーと思いました。

でも、商品陳列や店内のシステムがどうも不満です。
っていうか、物凄い疲れる(笑)
単純に人が多いというのもあるだろうけども。
「○○が欲しい!」という風に決め込んでいくと、むしろIKEAである必要もないような・・・という気すらします。

なーんでこんな疲れるのかな〜と思ったんですね。
で、わかったことは、あそこは家具のディズニーランドみたいなんですよ。まるで何かのアトラクションの中にいるみたい。家具陳列のためのモデルルームがいくつもあって、順路があって・・・と。だから、商品のデザイン性以上にデザイン面が優れて見えていると思います。だからまあ、楽しいっちゃあ楽しい。でも、楽しいということは長居すると疲れる。心や体に何らかのアクションを仕掛けられているという事ですから。

これで問題なのは、本当に買いたい物を探しづらい事。
探せるんだけど、僕、たぶん自分の買い物でもへばります(笑)
新婚さんとか、ものっすごいテンション高いときなら良いですけど、普通に家具を探すとなると、ちょっと行きたくないなーと思いますね。だいたい、探したい家具のコーナーに行くのに「近道」とかあるんですよ?マリオカートですか?みたいな(笑)順路があるゆえ、つまり本来四角いスペースを蛇行するような順路になっているわけです。そこを直線的に突っ切れば近道になるという。

これは二つのデメリットがあって、順路として壁が仕切られているから、まず自分がどこにいるのかわかりづらい。それはお前が方向音痴なだけだと言われればそれまでですが、そもそも方向感覚が無いと商品が探せないという事自体が問題。もう一つは、単純にその商品コーナーに行くまでに時間がかかること。まあ、早い話が現在位置と目的地が把握しづらいということです。

僕、その後にニトリに行ったんですが、ニトリの方がぜーんぜん好きです。値段も若干ニトリの方が安いような・・・。デザイン面はIKEAですけどね。ニトリって完全日本ブランドなんでしょうか?

IKEAとニトリの違いって、もう完全にスペースの違いなんだと思います。あの順路を追うような商品陳列システム、組み立て式にすることで搬送を軽減し消費者自身が持ち運びできる商品梱包といい、基本的には土地が広い地域のニーズだと思うんですよね。店舗のスペースが広ければ、順路を作っても通路を大きく確保できて、ストレスのないショッピンが出来る。そして、土地が大きいという事は送料の負担が大きくなることも意味する。消費者が自らの足を使って運べばその分大幅に安くなりますから。その証拠になるかどうかはわかりませんが、IKEAは送料が高いですね。

ニトリはその辺は正反対です。
組み立て式にて価格を下げるという価格設定システムこそ同じですが、こちらに順路はない。商品が格子状にタテヨコ整理されて陳列されており、そのコーナーにも最短距離でいける。そもそも順路がない。土地が少ない店舗にはコチラの方が効率的に商品をおけるでしょう。まあ、無駄がありませんから。また、一定額以上を購入すれば、送料はタダになり、そしてDIYの浸透の低い日本において、自らで組み立てるというのはかなりのリスクを伴います。それを把握してなのか、ニトリには組み立てサービスもありますね。

IKEAを見ていて、この感覚どっかで感じた感覚と一緒だな〜と思ったのです。で、それはなんだったかというと、あら、僕の業界じゃないですか(笑)SONYやブランドの商品サイトに多いFLASHバリバリのWebサイト。見栄えやインパクトばかりに目が行き過ぎて、ともかく使い勝手が悪いWebサイトを連想しました。パンくず一つも無くて、オープニングFlashのスキップ機能もなく、延々とアニメーションを見させられた後、グローバルメニューに該当するものがなくていちいちトップページに戻らなきゃいけないようなサイトです。どこのページにいても、目的のページにすいすいと辿り着けるページじゃないと、ねえ?

IKEAってこの後どうなるんでしょ。
ニトリがもう少しデザイン面が優れていたら(っていうほど悪くもないケド)、そのうち飽きられる可能性も少なからずあるんじゃないでしょうか。

posted by 総さん−ソウサン− at 23:58| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月26日

健全なmixiの使い方。

なんてものは、特にありません(笑)
いや、我ながら自分は健全な使い方をしているなと思うというだけです。

mixiに限った事じゃないんですけどね。
ネットのリテラシーが最近著しく落ちている気がします。
ブロードバンドによって飛躍的に拡がったインターネットですが、それにユーザーのレベルがついて来ていないのだろうと思いますね。

あまりネットに詳しくない方は驚くかもしれないけれど、世間的な常識という意味ではなく、あくまでインターネットの常識・ルールというものを把握し遵守する事がネットリテラシーだとすると、mixiやその辺のブログより2chの方が優れているとすら思います。彼らは、ネットで遊んでいるだけで、使い方はよく知っていますから。

平気で個人の名前を出したり、写真を出したり、情報を漏らしたり。mixiはその辺のセキュリティがひどいなと思うこともありますが、それ以上にコミュニケーションツールとしての方向性を理解してない方がたくさんいるように見受けますね。いや、これはmixiに限った事ではないのですが。公衆に対して情報を発信しているという意識が低いから起こっているような気がします。

インターネットは所詮2次元の物であって、それ以上のものにはなり得ません。ここで得られる情報というのは言うなれば模倣や模型に近いモノであって、本物ではない。Webディレクターというインターネットを生業としている僕が言うのもおかしな話ですが、所詮インターネットなんてものはその程度のものなのです。結局、生身の人間が生み出すものには勝てない。

ネットを活用する人は、その辺を理解して使うべきだと思います。それが理解できていないと、とても危険なツールとなる。そして、それを根本的に理解できていないから「mixi中毒」なる依存症が起きるのだと、僕は思っています。
注:「中毒」=「苦しんでいる人」という前提なので、単純にmixiにはまって楽しんでいる人のことをさしているわけではないです。

ネットはリアルとは違う。
当り前だけど、これをどこまでしっかりと理解しているか。
頭ではわかっていても、体がちゃんとそれに反応できているかということが大事だと僕は思います。

マイミクがどんどんと増えていき、そしてコメントを残す。
始めは楽しくてやっていたはずなのに、少しずつ意識が変わっていき、義務感に変化すると、苦痛となるのは時間の問題。「あしあと」という機能がそれを助長させ、ユーザーを苦しめる。そしてあろうことか、自らもその苦痛を知っているにもかかわらず、相手に同じ行動を求めてしまう。

「コメントを残してくれない」

無視された、ととられるのでしょうね。
もちろん、そういう側面も否定は出来ないのですが。
でも、そうしたら毎日mixiを開いて、毎日マイミクと繋がってなきゃいけない。毎日、一挙手一投足に目を向け、注目し続ける。ネットだから、リアルな生活が監視されている訳ではない。でも、ではこれをリアルに置き換えて考えてみる。気持ち悪くないですか?(笑)

ネットとは、所詮人間のつながりをその程度に繋いでくれるものです。単純に情報でお互いが繋がるだけ。生身の体に触れられるわけではもないし、声で会話が出来る訳でもない。それ以上の事を期待するほどの、素晴らしい万能な道具ではない。mixiの「あしあと」と、街でバッタリ会うのとは全然違うシロモノなのです。けど、ユーザーはそれを同一視してしまう。怖い話ですね。

マイミクのお友達は、あなたに会いに来たわけではない。
あなたが発した情報をPCの画面から閲覧しにきただけ。
言うなれば擬似の訪問。本当にあなたのところに足を運んだ訳ではない。本当にあなたのところに足を運ぶなら、髪形を整え、ファッションを選び、財布とケータイを持ってあなたが触れられる距離にまで近寄ってくるでしょう。その時、お互い心と体両面の準備をしているのですね。でもmixiのあしあとはそんな大層なものではない。あなたが出した、言うなればチラシをふらっと見に立ち寄っただけ。そこに人間の温度感はない。

ネットでは人間の温度感は伝わらないのです。
ネットなんて所詮その程度のもの。それなのに、相手に温度感を求め自分の温度感も相手に伝えなければならないと、義務感に苛まれてしまう。そして、人はそのギャップが埋められずに疲弊してしまう。

僕は今、mixiの使い方としてほぼリアルにあったことがある人しかいません。それ以外の人はマイミクにもならないし、あまりあしあともつけない。例外はもちろんいますけどね。あまりに見知らぬマイミクだと、僕でも「ああ、コメント残さなきゃ」と思ってしまう。それって、僕の自発に見えてそうではなく、ただの通過儀礼なのですね。それは、楽しく無いしそして意味が無い。日記を見てもコメントを残さない事なんてザラ。何かを感じたとしても、それが相手に伝えるほどのことでなければ特にはコメントに残さない。でも、それってリアルでもそうでしょう?特に異論もなく、目新しい意見もなければ「うん、うん、そうだね」で終わる事の方が多いはずです。

コメントを残さずにスルーしても問題にならない関係。
たいてい、リアルで繋がっている人です。
頻繁に会っていればいるほど、そこに問題がなくなる。
「ああ、読みにきたんだね」程度で話が終わる。
それは、リアルでの人間の温度感がお互いに感じられているからだと思います。根底にしっかりとしたコミュニケーションの蓄積があり、そのおかげでしっかりとした信頼関係が結ばれる。故に、問題にならない。

いま、仲間を集ってコミュニティを開いていますが、リアルでは月に一度しか会わない仲間たちが、mixi上でコミュニケーションを取りより関係が深まり、そして月に一度の集まりでそれがフィードバックされる。こういう時、mixiというツールは抜群の能力を発揮するなと感心しています。根底にリアルな人間の温度感のあるコミュニケーションがある、その上でなら、これほど強力なツールは無いと思います。

mixiは、インターネットは所詮ただのプログラムの集まり。
0ではないけれど、リアルな人間のコミュニケーションに比べたら瞬間に送受信できる情報量なんてたかが知れてます。それを、ユーザーはもっと理解してインターネットを使うべきだと思います。

僕が今一番恐ろしいのは、子供です。
大人ですら、ネットの力に惑わされる。
リアルな世界で充分にコミュニケーションを取ってきたはずの大人でさえ。
子供は、それを知らない。
人間の温度感の排除されたこの世界のコミュニケーションを「健全なコミュニケーション」だと信じ込んでしまう。とてつもなくキケンな事だと思います。

大人がネットを使えるのは、生身のコミュニケーションを理解しているからです。「本物」を知っているから「擬似」を使いこなせる。子供に「本物」を叩き込む前に「擬似」を与えたらどうなるか。

これから、世界はインターネットと子供の関係を見直すべきだと僕は思っています。
年齢規制をかけても良いのではないかと、本気で思っていたりします。

生身の温度感を知らないガキんちょが、社会に出てくるんですよ。
このままでは本当に、大事な何かを失ってしまう。
posted by 総さん−ソウサン− at 23:42| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月25日

日本代表 vs ペルー代表

生観戦に行ってきました。
代表戦は本当に久し振りですね〜。

感想。
単純に、楽しかった!!
ここまで楽しかった代表戦ていつぶりだろう??
エンターテインメントとしては充分に価値のあるゲームでしたね。

では、真面目にサッカーの話。

■全体の話
前半はグダグダでしたね。
あれはオシムサッカーとはいえない。
ジーコサッカーに限りなく近いです。
無用なパスミスも多いし。

後半は良かったですね。
パスも回ったし、何より後方選手の追い越しが増えた。
オシムサッカーって、ものすごーく単純に言うと、
追い越しがしっかりできるかどうか。
これがしっかりハマれば、アジアに敵はいないですよ。
それぐらいのことをオシムさんは要求してますね。


■中村俊輔
格が違う。それはわかっていたこと。
だけど、ではどの辺が?と問われると、昨日の試合では難しい。
ただ、以前にも増して成長していたのはよくわかった。
いや、それはCLを見ていても感じた事ですが。
うまいのは今に始まったことではないけど、
その技術の『使い方』素晴らしくうまくなった。
得点に結びつける方法、プレスを回避する為のボールテクニック。
この辺が格段にレベルアップしている。
足が遅く、とりわけフリーランニングが多いわけではない。
(スタミナや運動量が少ないというわけではない)
圧倒的なフィジカルがあるわけでもない。
それでも欧州にその名を轟かせた由縁ですね。

ただ、このままでは難しいと思う。
プレーの質と量という総合値にしたら、たとえば遠藤のそれとそんなに差異があるようには見えない。ドリブルで突っかけるシーンも少なかったし、能動的にボールを受けてパスワークを活性化させることもない。単純に、昨日はあまり元気には見えなかったのでそのせいもあるだろうけど。セルティックではもっともっとやっているし。ただ、オシムとは明らかにスタイルが違う。言っていることはそんなに違わないんですがね(笑)スタート地点が違うから。


■高原
周囲とかみ合わないシーンが多発。
特に序盤。
がしかし、素晴らしい!!
かみ合わないとか、今はどうでもいいw
それはこれから解決すれば良いこと。それより高原自体のポテンシャル、プレーの質の高さといったら。Jリーグで得点を量産していた頃。神がかり的な決定力と、一歩の速さが素晴らしかった。元々スピードもあるので、裏へ抜けてもいける。足元も悪くない。でも、ちょっと雑になる。だから、ドイツでは余り活躍できなかった(と、思う)。

帰って来た高原は素晴らしかった。
ブレないボールコントロール、絶えず動くスタミナ、ポストプレイのタイミングとそのスピード、落としのパススピード。録画がある人は見て欲しい。高原の"スピード"を。例えばバックラインや中盤がボールを持った時に、FWはボールを貰いにさがることがある。そのタイミングとそしてスピードがメチャクチャ早い。Jとは明らかにレベルが違う。Jの選手はゆったり走りながら、ボールを呼び込みつつコースを変えてさがってきて、ボールを貰って止めて、そして落とす。高原は、一瞬ガッ!と斜め前へ走り、その後ここだ!というタイミングに物凄いスピードで降りてきて、精度の高い速いパスを要求する。出し手にそれが伝わるように。そして、落としのパスもピッと速いパスを出す。素晴らしい。

そして、前線へ抜け出してもボールを失わない。キープが非常にうまくなった。というより、トラップの角度、ドリブルのコース取りがうまくなったように見えました。ドイツの屈強な守備陣を相手にして得た精度とコース取りなんだろうと思います。

本当に高原は素晴らしかった。
少なくともスタジアムで見る限りは。


■中澤
おかえりなさい、という感じ。
彼の代表ユニフォーム姿を見れたこと自体がともかく嬉しい。
浦和のオッサンとのコンビ。誰もが見たかった最強コンビ。
プレー自体は、正直序盤はちょっとヒヤヒヤした(笑)
いや、能力を疑うプレーは一度も無かったですよ。
じゃなくて、ちょっと浮き足立ってたような?そんな感じ。
自分もサッカーをやっているからわかるけど、守備とは経験によるところも非常に大きい。読みやポジショニング、体の使い方一つで大きく局面が変わる事もある。中澤は77年生まれ。2010年には32〜33になる。これは、アリだと思う。闘莉王とのコンビで若い闘莉王(そんなに若くもないケド)と、大ベテランの中澤。素晴らしい守備ライン。見たいですね。


■藤本淳吾
正直、もっと見たかった。
中村憲剛もいい。遠藤もいい。二川もいい。
しかし、プレーの質、量、ポリバレント性といい、淳吾をもっと試しておくべきだと僕は思います。それぐらいアタッキング性において彼は他の誰よりも秀でてると思う。もっともっと活躍して、他を圧倒して欲しい。それぐらいのポテンシャルが淳吾にはある。


■中村憲剛
並べてみる前から、「絶対プレーのクセも俊輔に似てるよコイツ」って川崎F観戦時から思っていたけど、テレビより選手が小さくなり、プレーのクセが逆に読み取りやすくなるスタジアムで確認。間違いない(笑)

いや、しかし素晴らしい。
彼が入ってパスワークに奥行きが出来た。
奥行きが出来たという表現、我ながらこれほど的確な表現も無いなと思うのだが、これはわからない人には非常にわからない表現だろうな(笑)単純に良いとか悪いとか、早いとかうまいというのともちょっと違い。奥行きが出来たという感じ。右、左、縦、横だったのが斜めが入った感じといえば分かり易いかな。

これは何がなせる業かというと、憲剛の持つ技術の高さと視野の広さ、ボール保持のうまさ。これが阿部より圧倒的に高い。だから、狭いスペースでもうまくボールを呼び込んで敵をいなし、パスを散らせる。ショートもロングもいける。阿部は基礎技術は高いけども、華やかなテクニックともいうべき応用的な技術はそんなに高くは無い。一発のロングキックの精度と威力の素晴らしさは阿部もすばらしいけど。中田浩二に近いですよね。彼は。守備力は憲剛<阿部でしょうね。しかし、いい選手。

名波の本当の後継者は憲剛じゃないだろうか。


■遠藤
ここ数ヶ月。
僕は彼を見直すべきですね。
素晴らしい。ともかく、ボールコントロールの素晴らしさ。
基礎技術の高さ。ワールドクラスだと思う。
そのポテンシャルを見誤っていたなと、正直に思います。
もしかしたら、ボールを止める・蹴るという基礎の基礎だけなら
遠藤は小野を凌ぐかもしれない。

■オシム
解せないのは、なぜ羽生??
羽生は嫌いではないケド2−0の局面、必要だったかな。
羽生の事は良くご存知だろうし。
それより淳吾を先に出して欲しかったと僕は思います。


というわけで・・・。
これから僕はビバ淳吾!ビバ憲剛!
と叫んでいきたいと思います(笑)

本当に素晴らしいよこの二人は。


posted by 総さん−ソウサン− at 13:10| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月24日

リーダーはピリピリしてはいけない。

僕の仕事。
ご存知Webディレクター。
ディレクションと監督業だから、結局幹事とかリーダーというのもそんなに変わらない。仕切り役ってことですね。

で、ディレクターに一番大事なモノは?とよく聞かれるんだけど、これが本当に難しい。一番がないのがディレクターというのが、正解でしょうね。

リーダーに置き換えてみればわかりやすいですね。
「リーダーに一番大事なモノは?」という質問。
リーダーに必要な資質って多岐にわたるでしょう。
人身掌握術だったり、プレゼン力だったり、精神力だったり。
物事を整理する力、情報を見抜く力。

幹事業やまとめ役、ディレクターをやっている人でグチばかりこぼして行事が上手く進まなくて、そして他人のせいにする幹事って、よく見かけるんですけど「じゃあ、やめればいいのに」って思います(笑)
自分にはそういう能力が無いんだという事がわからないのかな〜なんて思いますね。

前の僕の同僚で世代としては同じ歳ぐらいなんだけど、業界歴でいうと僕より半年ぐらい少ない。そういう人がいました。彼は能力があるのでどんどんと仕事が任されてきて、忙しくなってピリピリしていました。はたから見てるこっちにも伝わってくるぐらい。対応が少しずつぶっきらぼうになっていて、言葉も少しトゲが出てくる。そして、のらりくらりと仕事をしている僕と、もう一人の同僚に対しても対応が高圧的になってきていました。

「ああ、君はその程度か」
性根の腐った僕が心の中で思ったことです(笑)
これは僕の持論ですが、リーダーは絶対にピリピリしたところを見せてはいけない。リーダーというのは、信頼を勝ち取らなければならない。そのためには、自分の人間の底というのを簡単に晒してはいけないわけです。なんでもかんでもギャースカピースカわめいて、心が揺さぶられている人をリーダーにしたいとは思わないでしょう?(笑)

人が動かない事もあるし、予定通りに事が進まない事もある。
世の中なんて、だいたいそんなもんですよ。計画を立てるとね。
そこで、うまくいかないからと行ってリーダーがピリピリしていては、周りは絶対についてこない。信用できないから。信頼できないから。人間なんだから、ミスもするし慢心も怠慢もある。それにいちいち心が揺れていたら、周りはそういう部分を見せなくなるでしょう。本当は持っているにもかかわらず。そういうグループがうまくいくかというと、これは無理でしょうね。本来の姿ではないのだから。多少そう言うことがあっても、自分を信頼してくれる人、それでもなんとかしてくれる人。そういう人が上に立つからこそ、周りは自分もリーダーとそのグループに協力しようと頑張る訳で。

腹もたつこともあれば、悲しくなる事もある。
でも、リーダーはそれをグッと堪えて、まず状況を確認して話をしなきゃ。もちろん、ミスはミスだし悪いことは悪いこと。誰かがルールを破ればきちっと叱るべきだし、責任の追及もするべき。でも、それとピリピリすることとは全く違う。相手だってミスをする生き物なんだという前提で話をするべきで、そこからスタートすれば大抵の事はすんなりと解決する。

ピリピリしている人って、問題が起きると余裕が無いからすぐ怒り出して、そして相手を言及するでしょう?あれが、本当に良くない。相手も善意でやろうとしている状況なら、たいていの場合はすれ違いがほとんどですよ。言葉の捉え方が違ったり、時間の感覚が違ったり。それが常識から外れていたり、まわりとは明らかに違う事もある。でも、それはお互い別個の脳をもった人間なんだからしょうがない。大事なのはその後。


「そっか。これはミスになっちゃったけど、じゃあしょうがないね。じゃあさ、次はこういう風に指示を出すから、そうしたら次からは問題なくできるよね?」


これが言えるかどうか。
ディレクターって仕事は実はこういう部分で計れたりします。
周りにいるまとめ役の人を見ても同じ。
問題が起きた時の対処の仕方でだいたい器量が測れますよ。
当然のルールがあって、それを持って怒っている人は、
その程度のリーダーでしょうね。

僕もまだまだ出来ていないんですけどね。
posted by 総さん−ソウサン− at 23:58| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

結婚式二次会。

おえー。
や〜っと終わった終わった。
正直、疲れた(笑)

3月19日〜お休み入ってます。
とりあえず、充電のために毎日グダグダしてみるつもりです。
といいつつ、実質的なお休み開始の3月16日夜から、物凄いハードスケジュールですけど(笑)やっと今日から平穏な日々を取り戻せそうです<別に誰のせいでもないんだが


というわけで3月17日、自分にとって近すぎるくらい近い友人の結婚式でした。奥様もすでによく知っているお方なんだけどね。当日は披露宴+二次会に参加。朝から丸一日のスケジュール。大変だわ。でも、披露宴はよかったです。5〜6回披露宴に参加しているけど、かなり良かったと思います。新婦がよかったかなぁ〜。あ、あと新婦と、それと特筆すべきは新婦でした。


っていうか新郎の君。
緊張感無さ過ぎるよ!



集合写真の時は眠そうな顔で笑顔が無いし(「タコわさ持って来い」とウチの仲間)
最後のお父さんのご挨拶中に頭ウネウネまわしてビートたけしやってるし
最後の挨拶ものらりくらりと喋って、最後感極まってじゃなくて普通に言う事忘れるし
二次会最後の挨拶、奥様に〆をまかせるし。
ブツブツブツ・・・(笑)

いや、思うにそれが彼らしいんでしょう。
良い披露宴でした。ワテクシ泣きました。
もちろん新婦のところで(笑)
あと新郎のお母さんの風吹ジュン(似てるんだこれが)の泣き顔を見て。

さて、二次会です。
僕にとってはココからが本番です。
だって幹事だから(笑)
3時頃に披露宴が終わり、退場後新郎から受け取るものがあるので、新郎待ち。少しずつ、ソワソワしてくる。今思えばこの時が一番落ち着かなかったかも。バーを貸しきって100人近く来るパーティーですから。自分の引き受けた役の大きさを今ごろ実感しだしたわけです(笑)でも、それもモノの20分ぐらいでしたけどね。すぐ治っちゃった。まだ二次会までかなり時間があったのに・・・。20分で腹括り完了です。我ながら便利な性格だこと。


さて、二次会。
約半年ほど前。新郎からこの役を依頼された時。
正直、軽く見てました。まあ、できるでしょって。だって100人も参加するとは思わなかったもん(泣)「こっち(新郎)側で任せるとしたらお前以外いない」という言葉は、特に嬉しくもなくw。同じ20人規模の仲間として動いている僕がリーダーなのだから、まあそらそうなるでしょうよって自分でも思ったので。僕の器がどうのこうのではなくてね。

二次会の余興。
すーーーーーごい考えました。
1月にお店側とタイムスケジュールの打ち合わせがあって、もうそのあとからはほぼ毎日考えてましたねぇ。

何を、どうしたらいいんだろう。
準備は?規模は?予算は?時間は?どんなものを用意すればいい?
そもそも、何をやるといい?クイズ?出し物?抽選?

で、まずコンセプトを決めました。
職業柄そういう事決めたがるので(笑)
いや、プロジェクトにせよデートにせよイベントにせよ、コンセプトと目的はできる限り深くまで考えた方がいいです。そこさえガシっと決まっちゃえば、あとはそれをもとに全ての事を判断するだけですから。

考えたわけです。
この二次会の目的は何かと。
二次会の成功というものがあるとしたら、それは何を差すのか。
当然、主役は新郎新婦。じゃあ、新郎新婦が楽しめて皆にお祝いされて嬉しければそれでOKなのかというと、そうじゃない。どちらかというとそれは失敗するケース。

では、新郎新婦が求めるモノとは。
自分達が楽しむのは大事だろうけど、求めるモノはそこじゃない。
披露宴は別で存在するわけですから。
たっくさんの人に集まって貰って、楽しく祝って欲しい。
新郎新婦も肩の力を抜きたい。そんなところでしょうか。
で、結論に至ったわけです。

■結婚式二次会のコンセプト:
参加者自身が楽しむ事


新郎新婦は主役ですが、そもそもお祝いをする為に全員が集まっているので、ほっといてもおめでとうの言葉は飛び交う訳です。それに+してなおお祝いのタイミングを多く作るというのはナンセンスだし、それは披露宴のコンセプト。それやると新郎新婦も構えちゃうし。それよりなにより、大事なのは会としてパーティが盛り上がって新郎新婦が参加者と一緒に楽しむ事。そのためには、実はターゲットは新郎新婦ではなく、数の論理でパーティーの雰囲気の全てを握る参加者の方なんですね。大勢いる参加者一人一人が楽しめば、盛り上がる事によって新郎新婦も楽しめる。中心は参加者ということです。

で、余興は何をやるのか。
よくあるのが、ビンゴと新郎新婦にまつわるクイズ。
ビンゴは本当によくありますね。
これはダメです。絶対に盛り上がりません。
ビンゴって個人プレーですから。楽しいのは当たった人だけなのです。
しかも運だしね。ビンゴの最大の問題はココなんです。「本当の参加者」が少なすぎる。当たった人だけが参加者みたいなもんですから。しかも、音としても小さすぎますし。

新郎新婦にまつわるクイズ。
これもダメですね。相当工夫しないと。
これは上記のコンセプトから外れるのです。
新郎新婦が主役の余興ですから。これは。
正直、新郎新婦の馴れ初めや呼び方なんて、どうでもいいでしょう?(笑)
そういうことは、もっと新郎新婦と近い距離で飲みながら照れている二人を肴に聞き出すものです。その規模でこそ新郎新婦にまつわる話は効果を発揮しますね。

で、僕が出した結論は「チーム戦」
参加者が楽しむというコンセプトを設定した時、ではどうすればよい?というクエスチョンがずっと頭にあって、その結論が「ともかく一人でも多く"自分もゲームに参加してる"という意識を持たせること」でした。人間って、自分が能動的に何かをしている時の方が、喜びを感じやすいのですよ。人が何かをやるのを見ているよりね。

その「チーム」も、新郎新婦に協力して貰ってあらかじめチーム分けをしておきました。当日のクジで決定だとどうしても偏りができますからね。10人1チームという大所帯。バランスが崩れて一つのチームに一つの一派が入るとどうしても疎遠なチームが出てしまう。各々の人間性もあるし。なるべく均等に、そして適度に同じ組織の人をまとめる。

で、僕が嫌いな「チーム戦」というのが、そういうクジでバラバラに集まったチーム戦なのですが、もう一つあったりします。余興の直前にチームごとに集まって「ではいまから〜」なんていう二次会あるじゃないですか?あれ、大ッ嫌いなんですよ(笑)だって、チーム内で何の親睦も深められてないのに、いきなりチームですよって、そりゃないよって感じですよ。だから、余興開始より15分前にチーム分けをして、集まって貰いました。その間に自己紹介しといてって。

で、実際に何をやったのか。
メインはコレです。

ice_1M_aori.jpg

笑えるでしょ(笑)
これ、中身本物のお札です。
世の中には本当にバカな人がいるもんだって思いました。
今まで、偉そうに講釈たれてきましたが、これはもう別物です。
いや、二次会の余興としてこれは大いにアリだと思うし、
そのコンセプトに外れないように選んだつもりです。
でもね、やっぱり一番大きかったのはね・・・



僕が生で見てみたかったから(・∀・)エヘヘ



・・・・(笑)
で、これをどう使うか。
溶かすか壊すか。時間があれば溶かしても良かったんですけど、これ溶かそうと思ったら2時間はかかりますね・・・。というわけで、ゴムハンマーで叩いて壊す。しかし、お札は破ったらダメ。他の道具も一切ダメ。


ここからが唯一の想定外。
皆白熱しすぎだから(滝汗)
あのね、中のお札破ったら失格だって言ってるんだから、皆計算して丁寧にやるもんだと思ってたんですよ。でもね、始まってみたらね、皆なんですかあれ。親の敵のようにドッカンドッカン叩くわけですよ。

そら、お札も破れますよ(笑)

仕方なくルール変更したんですけどね。
まあ、あれだけ楽しんで貰えればこちらは本望なんですけどね。
でも、司会としてちょっとだけひいちゃったのは内緒です(笑)

で、これが本戦で、いくらなんでも10チームが全員氷を割るゲームに参加できるわけもなく、ふるいにかけるために予選。ペットボトル早飲み競争。プランナーの方に「男女一名ずつですか?ん〜炭酸飲料500×2が普通ですよね」


「普通ですよね」
「普通ですよね」
「普通ですよね」
「普通ですよね」


漏れ普通嫌い(・∀・)ヤダヨ

コーラ500と充実野菜1000ml
我ながら性格悪いなって思いました。
でも、早飲みって皆好きなんですね。
あんなに白熱するとは・・・・。

予選が終わり本戦に進むチームを上位5チームとしました。
さて、こうなると一つ問題が。
早飲み選手権が終わったら、単純計算で5チーム×9〜10人が蚊帳の外になってしまいます。早飲みなんてすぐ終わっちゃいますから。=ほんの数分で半分の人が蚊帳の外。これはなんとかしなきゃ。そこで思いついたのが、敗者5チームによる優勝チーム予想。これで、敗者チームも一応本戦に参加できる。あんまり興味ない人もいたけどね(笑)

この二つの余興。
スタジアムかっていうぐらい歓声が鳴り響き、マイクを持っている(そして人より声が通る)僕を持ってしても中々意志が伝わらないくらいの盛り上がりを見せたので、成功だったとは思いますが、100人から欠席が相次いだとは言え90人近くでは、もうまとまりませんね(笑)

余興後は参加者全員によるサプライズと、新郎新婦の挨拶。
そしてキス。
参加者に確認をとって20秒としましたが、まあそこはご愛嬌。
本当は40秒ありましたから(笑)ウケケ。

ほどなく、終了。
参加者が楽しむ、というコンセプトは達成できたみたいです。
すると、おやおや参加者がおかしなことを言ってますよ??


「ビンゴやらないの?」


右手にビンゴカードを持って司会の僕に問うて来ました。
もちろん、やりませんよ(笑)
ただのフェイントですからね(笑)

あのー、どうやって盛り上げようかと思ったのです。
その時に辿り着いた一つの答えがそれ。
結局ね、どんなに独創的な余興をやっても、受け止める参加者の期待値が高いと、喜びは半減するのですよ。「キムタクに似てる」というとブーイングが起きるのは、そのフレーズだけで見る前から期待値が高いからです。だから、盛り上げるには「ああ、楽しかったね」と思わせるためにもっとも手っ取り早いのは参加者の期待値を下げることなんですね。だから、「ああ、今日もビンゴね。ありがちね」って思わせたかったのですね(笑)まあ、本気で景品を期待した人もいたようですが(笑)


ほぼ3時間のパーティー。
終わった時はもう屍でした。
僕、少しぐらいは飲食できるかなと思ったんですけどね。
甘かったですね。
缶ビール一本も空けられず。
食事は0。

終わって帰りの電車に乗る頃に「あ、お腹減ってるジャン俺」って思い出したぐらいですから(笑)終わって一息ついて、地元に戻って飲み始めたらみるみる元気になっていく自分が不思議でした(笑)

11月に中学校の同窓会の幹事をやった時に「一度は大きなイベントを仕切ってみたかった」と書きましたが、こんなに早く100人クラスのパーティーを仕切るとは・・・(笑)

でもね、やってみるとそんなに難しい事はないです。
当日はさすがに大変だったけど。
なんか、グダグダだったり準備が間に合ってなかったり、急造でしっかり練られていなかったりっていう二次会をよく見てきたので、そんなに大変なモノなんかと思っていたんですが、偉そうに言わせてもらうとそれは幹事の怠慢が全てです(笑)コレは間違いない。ちゃんと目的をしっかり持って目標を定めてスケジュールをしっかりときれば、準備自体はさほど難しいものではないです。今回準備不足っていうのは0でしたから。(協力者がいないと、さすがに難しいけど・・・)

新郎新婦も喜んでくれたみたいなので、ヨカッタヨカッタ!
我が定例会の仲間は良く動いてくれて助かりました。
ありがとさん!!!

・・・花見やらなきゃ。
posted by 総さん−ソウサン− at 12:11| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

柳沢大臣発言に過敏に反応する人。

あえてほとぼりがさめた頃に書くという(笑)
イヤラシイ筆者ですコンバンワ。

はっきり言って「女性を産む機械だなんていうアイツ最悪!」っていう人は、僕はアホだなぁ〜と思います。アホ、というよりは本質が見えていない?ということかな。

果たして、柳沢大臣を批判する人の何人がちゃんと彼が発言した原本を確認したのでしょうか。全部とは言いません。渦中の問題とされる発言の前後を含めた一節でもいい。それをちゃんと確認してから批判しないとね。調べればそれぐらいはわかりますから。

===========================================
『なかなか今の女性は一生の間にたくさん子どもを産んでくれない。人口統計学では、女性は15〜50歳が出産する年齢で、その数を勘定すると大体分かる。ほかからは生まれようがない。*産む機械と言ってはなんだが、装置の数が決まったとなると、機械と言っては申し訳ないが、機械と言ってごめんなさいね、あとは産む役目の人が1人頭で頑張ってもらうしかない。(女性)1人当たりどのぐらい産んでくれるかという合計特殊出生率が今、日本では1.26。2055年まで推計したら、くしくも同じ1.26だった。それを上げなければいけない』
===========================================

これの何処をどう読んだら「女性は産む機械だ」と言っているように聞こえるんでしょうか。不思議で仕方がない。確かに、たとえ話として不適切なのは確かだし、権力のある人間として、この例は控えるべきだったでしょう。でも、所詮はたとえ話。例えの出し方が悪かっただけで、柳沢大臣は別に「女性は産む機械だ」と言ってるわけではないですよね。

この部分については、橋元弁護士が凄く良いことを言ってます。
「中学校の国語の試験問題でこの文章を読ませて、主旨を一言で纏めろと言われて『女性は子供を生む機械』と答えたら零点だ。それはおかしい」

いやぁ、もう仰るとおりですね。
言葉尻や語尾の問題ですから。
しかも、本人喋りながら即座にその場でそのたとえを出すことを謝罪している。本人も、ある程度不適切なことは自覚の上だったということでしょう。この人は経済の畑から出てきた人らしいので、その中でうまく伝えようとしたらこういう例えになったんでしょうね。言ってることは間違ってないし。

なんていうと「女性ばかりが頑張るのか!」という反論をちらほら見かけますが、それも仰るとおり。まあ、柳沢大臣の場合それもわかった上での発言でしょうが。産みたくない人だっているのも、そんなの当たり前。でも、実際問題女性にしか子供は埋めないのだから、頑張ってもらわなきゃならないのは事実でしょう。その女性を国や周りがどう支えて、どのように負担を軽減するか。本来の論点はここのはず。

なのに、ウザいフェミの連中と来たら・・・。
勝手にその気になって「女性を代表して」なんて辻元は言い出すし
(あなたのやっていた法律に触れることの方がよっぽど問題だと思いますけどね・・・)、福嶋みずほ、田嶋陽子、なんなんでしょうかね?挙句の果てにゃ国会出席拒否。そして柳沢大臣に辞職しろと(笑)いいですよねぇ〜。「上司が女性を否定する発言をしたので、出社しません」って言えるんだから(笑)

この程度のことで辞めろっていうなら、もう国会議員皆全員メールで議論しなよ(笑)もしくは絶対にいい間違いを起こさない機械か、アナウンサーにでも。そのかわり政治力0ですが。

で、福嶋みずほはこんなことをやらかしてるわけですね(笑)

mizuho.jpg

ネットをフル活用している人はあまりに有名なのでご存知かと。
僕の周りの人は知らない人多いんじゃないかな。
よく読んでくださいね。
右の方です。

「子どもを埋めたい人の気持ちは?」

面白すぎる(笑)
これはね、同じように見えてタチが悪いですよ。
たぶん、福嶋みずほはいちいちWebを確認してUPさせていないのでしょう。それ自体が多少問題な気もしますが、仮に確認してたらもっと問題ですからね(笑)柳沢大臣の"発言"とは意味が全く違う。Web上に公開すると言う事は、口から出た発言と違い確認ができるのです。UPする前にね。修正するときでも。何度でも確認できる。それなのに「埋めたい」って(笑)


この人、ちゃんと辞職してくれるのかな?


と、思っていたのですが音沙汰無し。
謝罪すら無し。
ヒドイ話だ(笑)
2chで予定通り叩かれていたのですが、そこにも良いことをいうねらーが。
==============================
識者のみなさん

このスレ見てアホらしいと思うでしょう?

あなた方のやっているのはそういう事です。

==============================

==============================
マスゴミさんへ

このスレみて、「馬鹿じゃないの。やっぱ2ch」って思うでしょ。

あんたたちの柳沢発言報道も、これと同じです。

==============================

全くその通り(笑)

仮に、柳沢大臣が「種の数、種を生み出せる装置の数はある意味で決まっています」と言われても僕は「まあ、そうだねぇ」ぐらいにしか思いません。

それを辞めろだのと国民を煽るマスゴミは大嫌い。
大嫌いなのですが、国民だってもう少し情報を選別する目を持つべきだと僕は思います。
この柳沢大臣の発言にしたって、マスコミの垂れ流す情報のみ、ひどいひとはニュースのタイトルだけで判断して憤慨している人がいる。

情報は自分で選ばないといけない時代ですよ。いまや。
じゃないと、マスゴミに踊らされるただの動物に成り下がるだけ。
posted by 総さん−ソウサン− at 18:57| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

真の男女平等ってなんだろうね。

昨日の続きみたいなもんです(笑)
書くときは書くんですよ。えへへ。

昨日書いた番組。
爆笑問題の「私が総理大臣になったら
ふかわりょう発案マニフェスト「レディースデー的なものを一切廃止」

この議論の中で「とある企業で100人の採用の中で2人しか女性がいなかった」という話がありました。これが女性差別であると。まあ、それもわからなくもないですが、それを企業に訴えるのもねぇ?企業には企業の戦略があるわけだし。

やっぱり、どうしたって女性の寿退社の方が多いわけですよ。
労働環境のきびし〜い会社だとやっぱり男の方が重宝されます。
女性はそういう面で課題が多いですからね。簡単な話ですね。
あなたが人事だったらどちらを選びますか?
確率論で、長くビッチリ働いてくれそうな人と、そうでない人。
そりゃ、前者を選びますよ。企業だってボランティアじゃないんだから。これは、女性自身が意識を変えないといけない部分があるのですよ。多分に。全てが全て女性の責任だとは言いませんが。

ただし、産休でいなくなるというのは痛手ですね。これはどうしようもない。これは、男性にも産休を認めるという手法を企業がとっていますが、権利を認めることと、普及させるのは全く意味が違う。男性の産休を普及させるなら、半ば強制的にやらないと(そうすると既婚男性の評価が下がりそうですが・・・)。しかし、それぐらいやらないと意味がない。

でもね、男女平等って言っても「男性に守られたい」という女性もたくさんいるのですよ。「寿退社したい」って人もいる。それだって大いに許される話で。

田嶋先生を始めとする「男女平等」って、個性も何も無い「男も同じ」という方向に話が言っていて、ある部分女性を否定している嫌いもあるのですよね。

その点でいうと、西川史子とかよいバランス感覚してるな〜なんて思います。
posted by 総さん−ソウサン− at 19:58| ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月12日

田嶋陽子が嫌い。

いや〜、書かないときは書かないですね〜。
忙しいのもありますが。言い訳ですね。

この前爆笑問題の「私が総理になったら」という番組をウダウダと見ていたんです。今回のマニフェストはふかわりょうの「レディースデー的なものを一切廃止します」

あのフェミニストで有名な田嶋陽子が出ていたのですが、やっぱり僕はこの人大嫌いですね〜。正直、人前で何かをやらせるべきではないと思う。この人、「女性の地位向上」ってずっと言ってるけど結局、女性のことしか考えてないです。ほんと、ここまで行くとひどい。そして、人の話を聞かない。人が意見を言っているのに遮る遮る(笑)議論の仕方からお勉強しなおしたら?って本気で思います。(笑)

ふかわりょうが掲げたレディースデー云々というのは、きっかけに過ぎなくて、本人が言っているのは「これだけ男女平等と叫ばれているのに、なぜこの種のものだけ誰も批難しないの?なんで?」っていうことらしい。言われてみりゃあ確かにそうですね(笑)僕個人としては「まぁ〜オナゴも大変だし、別に損はしてないからいいかな〜。そもそも企業のマーケティングだし」という程度だったので、別にレディースデー自体はどっちでもいいのですが、これが男女平等の一つの基準になるという観点からすると、ああ、確かにイヤだなと思いますね。

田嶋陽子や猪口さん(男女共同参画担当大臣)が言うには、こういうことらしいです。

・レディースデーは企業のマーケティングの一環。他人がとやかく言えることではない。
・男性を1とする場合の所得格差が女性は激しいため(確か0.6○・・・らしい)=つまりそれを救済するサービス



あほやなぁこの人たちって思いました。
マーケティングだから云々っていうのなら、職業の呼び方や雇用に文句つけるなよ。だって、読者や視聴者、聴講者に対して元々は「看護婦」と言ったほうが伝わりやすいものもあるし、「スチュワーデス」だって同じ。行政や他人がとやかく言う権利が無いなら、全てそうしなきゃダメでしょ(笑)雇用だって、実際人材のマーケティングなんだし。

所得格差が云々っていうのは、これは矛盾にも程がありますね(笑)
聞いてて笑っちゃった(笑)これ、憤慨して言ってたの田嶋先生なんですけどね。これだからフェミは男性に認められないんだよ・・・。この話は、男女という見方をするから冷静に見れなくなるんです。そういう有機的な情報を排除してみると、物凄い簡単な構図になる。

とある会社にAさんとBさんという社員がいたとします。
Aさんの賃金は時給1000円。
Bさんの賃金は時給650円。
能力は同じとして、です。これ、確かにおかしいですよ。
でもね、Bさんは毎週水曜と金曜は社食が半額になるのです。

Aさんが言いました。
「なんだよそれ。おかしいだろ」

Bさんが言いました
「おかしくないよ。こっちは所得格差があって苦しいんだから」

ああ、そらそうですねぇと。
Bさん大変だもんね。能力あるのに安月給です。
そら仕方ないよ。
でもね、そしたらこれ逆のことも言えちゃうわけですね。

Bさん「なんでAの方が時給が高いんだ。おかしいだろ!」

Aさん「でもその分お前は社食が安いんだからいいじゃん」


マヌケな話ですね(笑)
その立場を受け入れられないなら、その立場を否定しなければいけない。それなら、その立場で受け入れられる甘い汁も捨てなきゃだめ。このBさんの場合「俺はAと同じ仕事をしているんだ!だから、この半額サービスもいらない!」と言わなきゃ矛盾が生じますね。


こういうのをダブルスタンダードと言うんですよ。
こんな簡単なこともわからないんだもん。
そりゃ、横浜市長選落ちるってもんですよね。
posted by 総さん−ソウサン− at 22:12| ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

家庭的な女が好きで何が悪い。

よくね、言うでしょ。
「男はすぐ家庭的な女を求める」とか。
「女は家庭に入るもんだ」とか。
挙句の果てにゃ「家事を手伝わない」とか言い出す史始末。

だって、そういう女性が好きなんだもん。
別にいいじゃない?好みなんだから(笑)
そういう男が嫌なら、選ばなきゃいいだけ。
そういう男に選ばれた女性の方がモテるのは、
そりゃ単純に需要の問題でしょうね。


僕は結婚するなら相手は専業主婦じゃないとダメです。
っていうと、よく誤解されるわけです。
昔気質の頭の堅い男って。
まあ、別にそう思いたければどうぞって話なんだけど(笑)

別に「女なんだから家庭に入るべき」なんて微塵も思いません。
キャリアウーマンだってカッコイイし、魅力も感じます。
でも、奥さんにしたいとは思わない。
僕の業界は、もうこれは本当に労働環境の厳しいところです。
Web制作会社なんて、ほんと労働基準法って知らないのかな?っていうぐらい働かされます。今いるところはそうでもないですが。でも、僕はこの業界でやっていきたい。

そんな僕が、結婚するとしたら相手は専業主婦じゃないと続かないっつうことです。家事なんてやる暇ないもん。朝から晩まで必死こいて働いて、帰って家族の家事までやるぐらいなら、どう考えても一人の方がいいでしょう?(笑)僕が出来ることは、僕一人の給料でも不自由なく暮らせるような収入を確保することでしょうね。

こういうこと言うと「嫁を家政婦かなんかだと思ってる!」とか言う人がいるんですけど、僕にとって結婚て半分はそういう意味もありますから(笑)「愛のある一生の家政婦さん」という面も大いにあります。その代わり、奥さんの分の財産もガッツリ稼いできますよ〜というだけの話。僕が稼いだ財産の半分は奥さんのものですから。

「愛情が感じられない人に家事なんてやる気しない」
っていう奥さん、よくいますけどそれ聞くたびに
「専業主婦はいいなあぁ〜」って思います。
上で書いたとおり、専業主婦の場合、旦那が稼いだ財産の半分は奥様のものになるわけです。旦那が外で不自由なく働けるように心身のケアやメンテナンスをするのが主婦の務めでしょ?で、それに対して賃金が発生している。つまり、主婦って本来は立派な仕事なわけですよ。前に書いたけど、早い話が旦那が社会というサーキットで戦うレーサーなら、妻はピットで待つメカニック。旦那が得た称号の半分は妻のものです。

すると、専業主婦にとって旦那というのは、自分が奉仕する相手ですから「クライアント」になるわけです。自分の仕事に置き換えて考えてみてください。「クライアントがちゃんと評価もしれくれないし、信頼も感じないので真面目にやる気がしない」なんていえないですよね(笑)僕個人としては、世の旦那さんはもっと愛情表現や感謝の意を言葉にするべきだとは思いますが、それと「だから真面目にやらない」ってのは全く別の話。

よく、TVで「しっかり奥さん」として出てる人で「料理はちゃんと3食作らなきゃダメ!」「洗濯物はシミ一つあっちゃいけない!」って人を見て、すごいな〜と思いますがよ〜く考えるとコレもおかしな話なんですよね。仕事だったらそんなの当たり前だもんね(笑)

だから、ほんとバカげてると思いますよ。
怠けてる主婦が「自分の事は自分でやれ!」って。
頭悪いにも程がある。

だったら「自分の分ぐらい自分で稼げ!」って言えちゃうもん。
posted by 総さん−ソウサン− at 03:00| ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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