2006年12月30日

26になりましたよ。

携帯からです。
今名古屋です。

100年続くひつまぶしの老舗に行きました。

う、うまい・・・・。
ウナギって脂っこくてあまり好きじゃない。なのにここのひつまぶしといったらもう(汗)

人志松本のすべらない話が相変わらず面白かった。が、なにより嬉しいのは中部限定で関東では見れない「スジナシ」の、なんとスペシャルが見れていること!!!!!マジうれしい。スジナシを知らない人はDVD借りてみてちょ。

プレゼントは、唯一僕が「欲しいな〜」と言っていた(基本的に物欲は乏しい)Wiiでした(汗)絶対に無理だと思ってたのでマジでビビった・・・。


そんなとこです。
スジナシおもしろいなあ


posted by 総さん−ソウサン− at 00:44| ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月21日

対策とは方法を確立すること。

昨日書いた使えない外注の

あるはずのフォルダを見落としてなんとルート直下(トップページと同じ階層)にフォルダを勝手に作成してデータをあげてきたというミスに対する報告書をその外注である制作会社があげてきたのですね。

これが、著しくレベルが低い。
というか、あれは報告書とは言わない。

ワードで書かれた文書A4一枚の形式で提出してきました。
挨拶と概要のリードあり、原因・対策の箇条書きあり、謝罪ありという風に報告書のフォーマットとしてはきれいに出来ていたのですが(まあ、そんなの出来て当たり前ですが)、中身がヒドイ。

原因
・担当ディレクターがデータをサーバーにUPする際にパスを確認しなかったこと
・該当のフォルダのパスを確認しなかったこと。
・担当ディレクターが「サーバにデータが無い」と判断した際に、御社ご担当者に確認を取らなかったこと


対策
・今後サーバーにデータをUPする際には必ずパスを確認します。
・該当のフォルダのパスを確実に確認して、間違いの無いようにします。
・サーバーに該当のものが無いと判断した場合、御社にご確認の連絡を入れます


いやー、いたいなぁと。
あちらの担当ディレクターもひどいけど、この報告書に平気で判を押してくる課長部長常務がいるのもひどい。結局会社の体質なんでしょうね。この報告書を見て、同僚や上司が「こんなの当たり前だよねえ・・・」と哀れんでいましたが、そうじゃない。問題はそこじゃない。

何かミスが起きて、その対策というのは「対応する策」なのですから「今後同じミスが起きないような方法」のことを指すわけですね。この報告書にはそれが一切無い。「確認します」とか「間違いのないようにします」とか、バカじゃないの?っていう(笑)そんなの、報告書貰う前からわかってるし誰でもやろうとするんだよ(笑)この報告書は、この会社の甘えというか物事への対応力の低さを如実に表しているんですよねぇ。まるで親子の会話のようです。

ある男の子が、大き目のガラスのコップに水を入れて飲もうとしたら、滑って落っことして割ってしまった。子供はお母さんに言うわけです。

「ママごめん。これからは落っことさないように注意して持つよ!」

と。
そんなことは誰でもいえるんですよ。ミスしたから気をつけます、なんてことはね。

「わかったわ。これからは気をつけるのよ。」
「でも、それじゃあなたまた割っちゃうわよね?」

とまあ、誰でもそう思うでしょう(笑)
家庭内のこの程度の話ならそれでもかまいませんが、仕事はそれじゃあねえ・・・。この男の子のミスを仕事と捉えるなら、対策は「注意すること」じゃないんですよね。「注意を促すために何をするのか」なんですよ。「滑って落とさないようにするためにはどうするべきか」だと思うんですよ。そうしたら、ガラスのコップじゃなくてプラスチックのコップを使うとか、必ず取っ手のついたカップを使うとか、そういうことを「対策」という。

この報告書にはコレが一切無い。
なーにが対策だバカヤロウ、です(笑)
ミスや事故が起きた時に、それをなくすにはどうするか。
「ミスが起きたからこれからは注意します」なんてのは、ヒューマンエラーをそのまま放っておくダメな会社の典型です。ヒューマンエラーとは構造の問題なのです。そこを「人為的ミス」で片付けるなら、それはどんなに謝罪をしようとも同じ過ちをもう一度犯すということになる。=「これからもこういうミス起きると思うんで、ヨロシク」っていうことなわけです(笑)

これはもうどちらかしかないんですよ。
ヒューマンエラーだとするなら、構造を変えるしかない。つまり、チェック項目を増やすしかない。例えば、データをUPする時にURLの出力紙を用意して、それにチェックを入れて確認するだとか。仕事において「チェック項目を増やす」というのは、誰の目にも留まるように形に残す、ということですから。
単なる人為的ミス(担当者の責任)なら、その担当者を変えるしかない。

その報告書は相手に何を伝えるものなのか。
自分達はどういう対応をしてリカバリーするつもりなのか。
目的があやふやな仕事ほど生産性の悪いものは無いですね。
posted by 総さん−ソウサン− at 12:47| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月20日

才能が無いのは罪。

仕事の出来ないひどい外注がいるのですよ。びっくりするぐらい。
右にあるとおり僕はWebディレクターが生業なのですが、社内ではなく社外の制作会社を使うことも多々あります。そこに、もう信じられないくらい仕事の出来ない人が、いや会社があるのです。まあ、今僕がいる会社の子会社なのだから、目も当てられないのですが(笑)

・ビジネスの基本であり最も重要な報連相
・制作物のクオリティ
・データUP時の対応

この3本柱が全て低い。もうやってられないねってね。

・報連相
修正を出したのに、期日までにデータをあげてこない。
その連絡も一切ない。スケジュールで切ってあるのに、修正を依頼する日に担当ディレクターがいない。納品日に担当ディレクターがいない。外出しているらしいのだが、帰り時間がわからない。同じ社内の誰にも引き継いでいない。当日外出する旨の事前連絡も無い。

・制作物のクオリティ
デザインがショボイ、HTMLの組み方が汚い、データが汚い・・・という類のものじゃないのです。それはもう単なる技術力ですからね。簡単な修正をミスしたままデータを上げてくる。データが先祖がえり(前に修正した状態に戻ること)している。納品物に足りないデータがある。リンク先が違う。指示を間違える。つまり、あちらの制作者はともかくその後に誰もチェックをしていないままこちらにデータをUPしてきているのですね。

・データUP時の対応
データUP先を間違えたり、指定したファイル名じゃなかったり・・・。
挙句の果てには、index.htmlの上書き場所を間違えたままデータを上書きしてしまって、他社も見ているテストサーバーのクライアントトップページを下層ページと差し替えてしまうというありえない事故を起こしたり(笑)その上、上書きする前にバックアップをとっていないのでその場で復旧が出来ないという・・・。


これ、あちらの担当ディレクターの話。
ありえないですね。こういう人。単純に能力が低すぎる。
その人が、先日またやってくれました。
なんと、先方支給のテストサーバーに勝手にフォルダを作成して、そこにデータをUPしてきました。あほだなぁ(笑)サーバー移管の時期だったので、元のテストサーバーから新サーバーへデータを移動している時期で、それに合わせてテストアップ場所を新サーバへ変えたのです。つまり、どちらのサーバーにも既に同じ環境が整っているので、元サーバと同じ階層にデータをUPするだけなのですね。

でも、その人あるはずのフォルダを見落としてなんとルート直下(トップページと同じ階層)にフォルダを勝手に作成してデータをあげてきました(笑)やってくれるなぁ〜(笑)これ、先方に見つかったら報告書もんの事故ですよ。こちらで見つけたから大事にはなりませんでしたが。

こちらがカミナリを落としたところ、後日その会社の課長・部長・常務の判をついた報告書を提出してきました。これがまたレベルが低いのなんの・・・。その報告書についてはまた別の機会に書きます。


才能が無い人が必死に頑張っていると、好意的な目で見る感覚がありますが僕はそれはおかしいと思うのですよね。お金貰って働いているのだから。誰もが超一流の才能を持てとは言わないけど、対価が発生する以上その仕事の基本的なことはキッチリ抑えられるぐらいの必要最低限の才能が無い人って、僕は罪人だと思います。だって、何も生み出していないどころか、人様に迷惑かけているのだから。人様に負荷をかけて何かをするっていうのは「サービス」でしょう?遊びでもいいですけど。

人を笑わせられない芸人。
接客が出来ない店員。
挨拶が出来ない営業。
論理的思考が出来ないプログラマ。

お金を貰うっていうのはそんなに簡単なことじゃない。
向いてないならさっさとやめるべき、と僕は思いますね。
posted by 総さん−ソウサン− at 12:32| ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

男脳女脳診断。

やってみました。
僕は男脳度数:50%/女脳度数:50%だそうです。

思い当たる節はありますね(笑)

あなたは、極端な考え方をせず中性的な考え方を持っており、融通が利くため、問題解決の時とても役に立ちます。冷静で論理的に物事を考える男性的な部分と、感情豊かにコミニュケーションをとれる女性的な部分を、両方持っており、また、考え方が理解できるため、異性、同姓を問わず、たくさんの友達ができます。ただし、恋愛に関してはポリシーをもって友達で終わらないように注意しましょう。


皆さんもやってみてはどうでしょう。

http://www.chaoo.net/sindan/
posted by 総さん−ソウサン− at 19:29| ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モテるって結局人間力でしょ。【その2】

昨日に続き・・・です。(今日はお昼が人並みの時間〜♪w)
酒井さんというこの痛い中年女性の方が言う、モテる男の共通点。

○何が根拠なのかは分からないが、自信満々である。
○同性である男よりも、女性の信頼を得ることを大切にしている。
○相性のよくない女性に冷たくされたり、意地悪くされてもあまり懲りない(気にしない)ようだ。
○守備範囲が広い(どんな女の子でもOKらしい)、もしくは限りなく狭い範囲の守備しかしていない(近寄るタイプの女の子が限定されている)。
○「やさしいんだね」「○○○(海辺のリゾート地)にいっしょに行きたいよ」などと、誰にでも平気で言ったり、今どきキザっぽいところがある。
○体育会系で実はスポーツ万能であっても、外見はきわめて中性的である。また、足音がしない、ドアの開け閉めが静かなど、物音をあまり立てずに行動する。
○平気で女の子を怒ったりすることがある。
○「かわいいね」「髪、切ったの?」とフツウに口にしている。女の子には誰にでもチェックをいれているらしい。
○女の子の好きなキャラクターやマンガ、コンビニの限定お菓子などにやけに詳しかったりする。
○女の子のアタマをガシガシとなでたり、ガバッと肩に手をまわしたり、さわるときはガツンとさわっている。


モテる男性には、このような傾向がよく見られるはずです。


要するにコレ、ホストでしょ?

本当にコレを全て兼ね備えた男がいたとして、まあモテたとしてもたかが知れているでしょうね。この手のモテ男というのは、結局出会い頭にチヤホヤされるだけで、継続して同じ女性を惹きつける(およびその数が多い)ことは難しいと思いますね。

○同性である男よりも、女性の信頼を得ることを大切にしている。
これはもう、痛い勘違いですね(笑)
まあ、同性より異性に評価されるモテる人というのは確実にいますが、同性に嫌われる奴は大抵モテないと思いますね。だって、それ友達いないか少ないってことですし。っていうかねー、周りが敵だらけになれば自分の評価は周りからも伝わる以上、確実に魅力を発揮するのは困難でしょ。

この人の言う「モテ理論」って、バブル期的というか前時代的なんですよね。商品デザインでいうところのモダンデザイン的というか、少品種大量生産型の無個性商品というか。大衆的で、多くの顧客の必要要素は確保できる。しかし、満足に足るような充分な要素は持ち合わせていない。そりゃあそうでしょ。「やさしいんだね」「○○○(海辺のリゾート地)にいっしょに行きたいよ」などと、誰にでも平気で言ったり、今どきキザっぽいところがある。なんて男を、女性の大半が好むかどうかというと、少なくとも現代ではそうではない。好みの問題ですから。そういう男を「軽い男」と見る女性も確実にかなりの数存在しますよね?


自信を持っていて、優しくて、女性の扱いに慣れていて、少々の事では怒らなくて、女の子の挙動は逐一チェックしていて・・・なんて男は大衆ウケはしても、それどまりだと思うんですよ。個性が無いから。バブル期に流行した商品たちと同じで、ある意味で消費者が成熟していない状態なのですね。TVは大きければ大きいほどよくて、物は置けば何でも売れて、皆が同じものを買って、その結果同じ商品が大量に生産される→大量生産しやすいシンプルで消費者を選ばない、コストの低い商品が生み出される。だから、前時代だと僕は思うのですね。

現代は、それでは売れませんね。
商品に確固たるコンセプトという名の個性が無いと売れない。それは世の中が物に溢れ、人々は裕福になり「皆と同じ」ではなく「本当に私が欲しいもの」を求めるようになったから。その結果、少品種大量生産型の大衆ウケ無個性商品は次々に淘汰され、ターゲットが細かく分類され消費者を選ぶ、そして消費者が選ぶ商品が売れるようになりました。みんな、性格も違えば環境も違う。自ずと、欲しいものの形も変わってくる。皆が皆、ベンツに乗りたいわけじゃないし、同じ服を着たいわけじゃない。一長一短があって初めて個性ある商品とみなされ、そしてその長所が時代にマッチするかどうか。大事なのはそこなのですね。誰にでも受け入れやすくて、誰でもに優しくて、誰もが満足できる商品、なんて物はもうそうそう売れないです。ごくまれに、大ヒット商品としてそういう奇跡的な商品が世に出ることがありますけどね。

モテ論ていうのも僕はコレと似たものだと思っています。
優しかろうが優しくなかろうが、流行に敏感だろうが鈍感だろうが、そんなものはその人を表す一つの物差しでしかなくて、結局上辺だけ。自信を持つことも大事ですが、踏ん反り返っていればいいというわけでもないし、誰でもがそんな風に堂々と生きられるわけでもない。

女性の扱いが上手い奴がいれば笑顔が振りまけない奴もいるし、話が上手い奴がいれば、下手な奴もいる。精神力が強い奴、弱い奴。頼りがいのある奴、甘え上手な奴。人間は様々で、それでこそ人間。その部分を全て否定していては、たぶん誰にも受け入れられないと思います。それが、その人そのものだから。

僕は、精神力には自信があります。ちょっとやそっとのことではグラつかないし、前向きに生きる人なのでそういう意味で頼られることは多い。仕事柄人の話を聞くのも得意な方だと思うし。でもね、じゃあ僕はなんでも出来るかと言うともちろんできないわけで、精神力が強いということは大抵のことは一人でどうにでもなるということなのですね。「一人でどうにでもなる」というのは聞こえはいいけど、つまるところ自分だけならいざ知らず相手にも孤独感を味わわせることにもなるのです。「自分が相手を支える」というタイミングを僕は相手から奪っているわけですから。これは欠点にもなりうる。

でもね、僕はコレでいいと思っているんです。
しょうがないもん(笑)僕はそういう人なんだから。それが良いという人もいれば「さびしい」という人もいる。個性っていうのは万人に受け入れられないからこそ「個の性(さが)」と書いて個性というのですから。万人に受け入れられるということは、逆に言えば誰からも本当の意味では認めてもらえないってことですね。

モテるかモテないかって、本当の所は「自分の居場所を見つけられたかどうか」だと僕は思っています。まあ、だから時期によってそれを見失ったり再発見したりするということもあるんでしょうね。自分は何が出来て何が出来ないのか。自分は周囲の中でどういうポジションにいると能力が発揮できるのか。それを見つけられるかどうか。=自分の個性を見極められるかどうか、なんですけどね。それによって嫌われる人も出てくるだろうし、受け入れられやすい人も、られにくい人もいるでしょう。でも、それを承知で自分の生き様を周囲に打ち出している人が、最終的には愛する誰かを見つけ、お互いが惹かれあって幸せになっていると思います。

人間味って「人間の味」ですから。その人にしか出せない。
自分の味は自分で見つけて自信持って打ち出さないと、美味いわけがない。

余談ですが、僕は異性にモテるより同性にモテたいですね。
posted by 総さん−ソウサン− at 12:23| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

モテるって結局人間力でしょ。

どうも、日々オッサンへの階段を一段一段確実に上り詰め、非モテ街道まっしぐらの筆者です(笑)なんて、まあ彼女さんがいる時点でモテも非モテもないのですが。でもまあ、今ポンっと独り身になったら物凄い勢いで非モテ党に復党できそうな、そんな気がします。デブだし、外見にやる気あんまりないしお金かけてないし、より一層やる気なくなるし、たぶん仕事の方にのめりこむと思うので。飲み会大好きだけど、たぶん野郎飲み会ばかりに顔を出して休日はサッカーか家で死体ごっこしかしなくなるでしょう(笑)

さて、酒井冬雪というエッセイストをご存知でしょうか。

理系のための恋愛論
「モテる男」と「モテない男」は、どこが違う?

一月ぐらい前に炎上した当事者ですが、そりゃあ炎上するわな(笑)
ひどいですねえ。こんな稚拙な論理展開をしているボンクラ記事でお金がもらえるなんて、ちょっと本気で羨ましい。この人のエッセイにはそこかしこに、根底に流れる定義が見えるんですよね。なんでしょうか、この人何か傷でも負っているのでしょうか?まあ、詳しくは知りませんが全てに通して「女>男」っていう価値観、いや偏見が見て取れるんですよ。


男性が100人いたとしたら、その中でモテる男性というのは5人くらい、残りの95人は「どうして、オレはモテないんだろう? ああ、モテてみたい」と思っているのではないでしょうか。

 これは、男性と女性の、非常に大きな相違点ではなかろうか、と私は考えております。なぜなら、女性が100人いたとしたら、モテない女の子は5人くらいで(しかも、自分からわざわざ男子をさけている)、残りの95人が、程度の差はあっても、そこそこモテているような気がするからです。


仕事なら仕事、趣味なら趣味(このコラムの読者の方は、仕事と趣味が一致している人も多いかもしれません)に没頭していて、それにのめりこんでいる間は、女の子とか恋愛にはまったく手をつけないで放っておいてしまう……といった感じです。

女性はとても器用で、仕事をしながらも積極的に合コンに出かけたり、仕事をしながら勉強(英会話や仕事に必要な資格を取るなど)したり。仕事にのめりこみながらも、きちんとお化粧をして、かわいい服を着ることも平行してできてしまう。

何でしょう、あれもこれもそれもいっぺんにやってのける能力が高い人が多いのです。こういった違いが「いざ、お目当ての人ができたぞ」というときに、あらわれてしまいます。


よくぞここまで女尊男卑?的なことが言えますね(笑)
一度に複数のことが出来ないっていうのは、局面によって変わるわけでこれは結局女性でも言われていることですね。だって、単純に車の運転とかは複数の動作をいっぺんにこなすわけだし。女性にも運転技術の高い人はいますが、平均をとれば男性に分があるのはまあ火を見るより明らかでしょうね。もちろん、運転技術向上の場が男性の方が多いというのもあるとは思いますが、単純に教習所出たての人にあっても僕の目には男性の方がうまく見えますねぇ。

仕事に没頭して他に手が回らないのは、その人が仕事人間なだけでしょう(笑)男性にそれが多いのは、まだまだ男性の方が大きな仕事を任される傾向が強いために過ぎないと思います(それはそれで問題なのですが)。

また「100人中95人が・・・」っていうのは、偏見というか主観以外の何物でもないですね。少なくとも「モテないこと」について悩んでいる人が95%ってことはないと思いますよ(笑)僕も18〜19の時ぐらいからはそれで悩んだことないし。かといって僕は確実に100人中5人に入るイケメンではないでしょう(笑)今なんてもうモテるかどうかなんてどうでもいいっていう気もするし。それは彼女がいるからか。いやいや、もう5年ぐらいそうなのだから関係ないか。

というか、もうこれはこのエントリを読んでいる女性の方に大ブーイングをされること覚悟で言わせてもらいますが、例えばパッと目の前に100人の女性がいたとして、多く見積もっても50%はかわいくないと思いますよ。いやぁ〜、今物凄い男性読者からの歓声が聞こえるような気がします(笑)「見るに耐えない」という「ブサイク」ではないですよ。「とにかく、とりあえずはかわいいんじゃない?」っていうラインに入るかどうかという話です。しかも、この酒井さんという方が男性に対して「95%はモテないことで悩んでいる」というからには「=彼女がいない男性の中で」という前置きがつくわけでしょう?誠に残念ながら「彼氏がいない女性の中で」という前置きをつけたら、「全体→独り身」のパーセンテージの落差は男性より女性の方が激しいと思います。僕はね。

この人「女性は皆頑張ってるからカワイイ」と言いますが、物凄い決定的なことを見落としていますよね(笑)確かに、外見を磨くということにおいてはまだまだ女性に分があるのは正しいと思います。が、女性だって別に何の意味も無く努力してるわけじゃないでしょ?確実に、僕ら男が外見に重きを置いて女性を判断するからですよ(笑)いや、女性の方には本当に申し訳ない。本当に申し訳ないけど、間違いなく女性より男性の方が外見を重視します。ですよね?求められ、競争が起きるからクオリティがあがる。だから、女性の外見の方が洗練されやすい。

でもね、これ物凄い厳しい現実でもあるわけですよ。性格や人間力というのは持って生まれたものもありますが、その後の経験や環境で培われる部分が占めるウェイトもかなり大きい。そこへくると外見は、持って生まれたものに左右されるという意味では内面の比ではないでしょう。スタイルや顔なんて、整形以外では基本的にはどうしようもないですもんね。つまり、何が言いたいかというと「女性の95%はとりあえずかわいい」ということはありえないわけです。明らかに矛盾だもん(笑)95%の人がそのラインに入るなら、その最低ラインの人は「=普通に可愛くない人」になるから。かわいい人がいて、可愛くない人がいるんですからねぇ。「95%の女の子はカワイイ」なんていう男は、それは単純にハードルが著しく低いだけですね(笑)

この人のいう「モテ」って、僕はそれこそ何かを履き違えている気がします。一番大事な事を見失っているというか。まあ、根底が女尊男卑っていうのが大きいんでしょうけど。人様に恋愛を語るなら、独自の視点があるのは素晴らしいことですが、もう少し客観性と時代の本質を見抜く力がないと厳しいと思いますね。

「じゃあ、お前の考えるモテってなんなのよ」っていうのはまた後日。
posted by 総さん−ソウサン− at 19:41| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

安易に管理サッカーを否定するな。

日本にサッカーがどんどん普及してきて、人気スポーツになったのは嬉しいことなのですが、特に素人の方が見るメディアの風潮が偏りすぎていて、憤りを感じたりするのです。特に漫画。

依然として僕の評価が低いエリアの騎士ですがw、お決まりコース的なストーリー以外にも違和感を覚える部分があるのですね。まあ、これはエリアの騎士に始まったことではないのですが。完全に「テクニック重視の自由奔放なサッカー」=正義で、「リスクを抑えた組織管理サッカー」=悪なのが、どうも・・・。組織管理サッカーにサッカーの持つべきスペクタクル性が乏しいのは認めるけども、キャラクターが必要以上に性格が悪かったり、監督がヒールキックやドリブルすら一切認めずに、フィジカルのみで選手を見ようとしないというのはいくらなんでも行き過ぎで、間違った思想を日本サッカーの底辺に与えかねないと僕は思うのです。

エリアの騎士の中で、組織管理サッカーを標榜するチームは長身のFWにロングボールを預け、競り勝ったボールを味方が拾い一気に攻撃に繋げて、守備は完全に引いて守り強いフィジカルでびくともしない。そのサッカーについて、漫画の中では「労力が少ないから、それを採用する」という事しか語られていない。これは、いくらなんでも印象が悪すぎる。まるで「サッカーを義務としか捉えていない悪い風潮」というような。そして、自由奔放なテクニカルサッカーを標榜する主人公チームの監督は「目指すのは高校サッカーNo.1じゃない。世界なんだ」と言う。間違いなく、野洲高校の山本監督のコピーでしょうね。まるで、組織管理サッカーは完全な間違いですよ、あれじゃあ。

エリアの騎士だけではなく、他のサッカー漫画や下劣なメディアにありがちですが、なぜ高校サッカーにおいて組織管理サッカーを標榜する監督が多数存在するのか。ここをしっかりと掘り下げて語られていないと、僕は媒体としては認められませんね。

■なぜ、組織を重視するのか
単純に、負けられないからです。わかりきったことですが。
では、なぜ負けられないのか。高校選手権がトーナメント形式だから。
負けたらそこで終わってしまう。今でこそ地域リーグやプリンスリーグ等、ユース世代のリーグ形式の大会も栄えてきましたが、全国的な知名度、そして高校生の思い入れ、Jリーグへの距離感といい選手権が根強い力を持っているのが現状なわけです。そこで勝ち上がっていくためには、一発の博打的な強さより、安定して発揮できる力の方が、危険が少ない。

局面でリスクを買いドリブルやリスキーなパスを仕掛け、相手を圧倒しようとするテクニカルなサッカーというのは、流動的なポジションチェンジや背後に常に巨大なリスクを背負ってのサッカーとなります。相手によっては通じないこともあるし、選手同士の呼吸がほんの少しずれただけで上手くチームが回らなくなることがある。精密な機械ほど、小さな歯車が崩れると機能しなくなるというのと同じ。つまり、この手のサッカーというのは選手個々のコンディションや、呼吸によって様々に姿を替え安定した力を発揮しづらいのですね。

■安定という名の武器
仮に選手個々のトータルが10の力を持ったチームがいたとして、それが有機的連鎖を起こしスペクタクルなゲーム運びを出来たとしてそれが14になるとします。けれど相手によってほんの少しで、そしてミスの連発で力が6に減退してしまうこともある。そうすると、自分達は10の力を持っているというのにともすれば7〜8の敵にすら敗北し、6の相手にすら危険な状態になることもある。それぐらいリスクの高いことなのですね。

そこへきて、反復した組織練習を行い「チームワーク」という崩れにくい力を手に入れたチームは、リスクの高いプレーを選べない代わりに、大崩れしないという武器を手に入れられます。先ほどの数値で言えば、悪くても8、良くても12という幅の中で力が発揮できる。その上、そのリスクを限りなく軽減し守備に徹すれば、14の敵だって封じ込められる可能性もある。取りこぼしがなくなるので、計算ができる。


■なぜ、負けられないのか
上にも書きましたが、トーナメントだからです。
リーグ戦なら、例えば昨年のガンバ大阪の様に攻撃を重視しスペクタクル溢れるサッカーを目指し最大値の高いサッカーで相手に挑むことも理に適っていると思います。最大値の高いサッカーとて、反復して行い勝利を重ねればある程度の安定は得られますし、何より敗北しても次の試合がある。それに向けて調整すればいい。

しかし、選手権はそうはいかない。負けたらそこで終わり。高校サッカーにはプロを目指す選手もいれば、そこまででサッカー人生に終止符を打つ選手もいる。高校サッカーの監督はそれら様々な選手を抱え、勝利を目指す。そして、サッカー教育と同時に人間教育でもある学生サッカーにおいて、大きな舞台に立たせるというのは何物にも代えがたい経験であり、またサッカーの成長においても、できる限り多くの真剣勝負をさせるというのが、選手の実力UPの最短ルートであることに変わりは無い。組織重視の管理サッカーとて、別に監督が好き好んでやっているわけでもなく、「のびのびとサッカーをさせたい」「しかし勝たなければ全てが無駄になる」という矛盾からくるものであって、なんら批難されるものでもないはずなのです。
昨年野洲高校が評価されたのは、その思想のみではなく自らのリスクの高い思想や信念を曲げることなく高校サッカーの頂点に立ったからこその評価なのです。負けてたら誰も認めてはくれない。(まあベスト4までくらいいけば評価は割れるところでしょうが)

■そもそもどこまでが組織でどこからが自由なのか
守備をガッチリ固めて攻撃に出ない、というのは確かに組織重視といえばそれまでですが、DFラインを高く設定し中盤で走り回りボールを奪う。その後、FWにクサビを当てて、中盤へ落とし中央に引きつけられた敵守備陣の隙間を縫ってサイドへ展開する、というのも立派な組織なわけです。

また、今日び「ボールを取ったらすぐ長身FWへロングボール」なんて前時代的なサッカーをするチームなんて、トッププロにも高校サッカーの一流クラスでも見ないですよ。当たり前です。だって、それじゃ勝てないもん(笑)相手が、プレッシャーを掛けてきて、DFラインを高く設定されたら、結局攻撃なんかできない。いくらロングボールを当ててても、肝心のゴールまでの距離が遠いから。まあ、そこを執拗にロングボールを蹴ることでラインを下げさせるという打開策もあるのですが。それをやっているチームというのは、完全に格下のチームでしょう。アジアの弱小国がそうなように。あれは「勝つためのサッカー」じゃないですから。


■必要以上に悪にするのが問題
高校サッカーを見ていればわかりますが、確かにリスクを回避するようなサッカーをする高校もあるし、フィジカルに頼ったサッカーをするところもある。けれど、始めから自分達の可能性を否定するような「ロングパス一本」のチームなんてもう中々お目にかからないですよ。「ロングパス一本」というのは一つの手段であって、結局自分達が主体となってパスを繋がなければ強くはなれないから。あの国見だって、フィジカル全盛だけど、別にドリブルやリスキーなパスがないわけじゃない。大久保も中村北斗も三浦も、古くは永井秀樹も国見なのだから。要は、「組織と個人」「リスクとチャレンジ」のバランス感覚の問題であって、チームはそれぞれに一致団結して自分達のサッカーを展開しようと一生懸命に走り体をぶつける。

全てに、それなりの事情があって、そして高校生は一生懸命にサッカーをやっている。

それを安易に「面白くないから」と言って、悪役にして切り捨てるような漫画やメディアは、サッカーを知らなすぎますね。
posted by 総さん−ソウサン− at 19:07| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月10日

オシムサッカーを見ていると切なくなる。

W杯が終わってからというもの、サッカー系のエントリが激減していますね。別に見る機会が減ったわけではないのですが。

「走るサッカー」
もう、ジーコの時にはそんなこと一言もいわなかったマスゴミさん達がこぞって騒ぎ始めましたね。走ることは必要ですよ、今も昔も。僕は前からそれを書いていますよねえ。ほんと。上手くても走らなきゃいかんのです。でも、走りつつも上手くなきゃいかんのです。うん。

昨今のオシムサッカーやそのような風潮を見ているととてつもなく切なくなるのです。なぜ、もっともっと早くそっちの方向へ行かなかったのか。わかっていたことなのに。よく走る選手、そこでスペースを生み相手をかき乱して敵守備陣にギャップを生み出すプレイヤーとして、千葉の羽生や山岸が代表に選ばれ、その動きの質の高さを賞賛されていますね。そして、民放各局のサッカー解説者はスポーツニュースで、それを視聴者に教えるように解説する。

これが、凄く切ない。
いや、羽生も山岸もいい選手ですよ。
羽生は、デビューした頃から知ってます(確かユニバーシアード日本代表だった)があの動きの量は良いと思います。他のMF陣にはない動きですね。でも、パスセンスやドリブル突破力、シュートセンスはどうかというと、僕の目には「うーん」なんですよね。別にド下手というわけではないのだけど、うまいなあとは思えない。もっともっと早く日本のサッカー観が羽生のような選手を重宝する価値観に目覚めていれば・・・と思うと、もったいないことしたなあ、とちょっと切なくなったりします。

もし、運動量豊富で敵陣をかき乱せる選手を日本サッカーが本当に必要としていたら、森島なんかはもっともっと偉大な功績を残していたんじゃないか、なんて空想してしまうのです。僕の完全な主観ですが、パスセンスやドリブルテクニック、得点力のどれを取っても、僕は森島の全盛期の方が上だったと思います。そして、あの敵陣の中に切れ込む質の高い動き。本当に上手い。中盤からトップへの顔の出し方、体の使い方、走りこむ軌道、敵守備陣から消える動き、FWのゴン中山を除けば日本サッカー史において、技術と動きの質のトータルバランスが最も優れた選手だと思います。絶対、今なら日本の中盤に欠かせない人材だったと思います。

そして、森島よりもっともっと表舞台に出てこなかった"運動量系司令塔型選手"、加藤望。長らく柏レイソルの10番を務めたテクニシャン。ゲームを作るセンスや、スルーパスの技術は森島よりこの人の方があったと思いますね。ほんと、よく動き回る司令塔だった。若返って欲しい(笑)

最後に、藤田。
この人こそ、日本の宝の持ち腐れのまま現在に至ってしまった選手でしょう。いやあ、ほんと上手い。俊輔や小野のような、足元で球をこねて観客を沸かせるような選手ではない。でも、中盤で動き回り、狭い地域でも苦としないトラップ技術、そして中盤の密集地からスルスルっと抜けて、完璧なトラップからのゴール。年齢的な全盛期だったと思われる時に、代表にこの選手のポジションはなかった。そこには「ファンタジスタ型」の選手が一人入るだけで、他は職人達のポジションしかない。いまもって、この選手を世界に売れなかったのがとてつもなく悲しいです。走りながらのボールコントロールが本当にすばらしい。だから、密集地でも裏をかくプレーができるんでしょうね。森島や加藤望ほどの運動量はなかったけど、それでも日本人が愛してきた"ファンタジスタ"よりは数段上の心肺機能を持っていたと思います。


う〜ん。
オシムサッカーを見ていると、運動量先行でボールが足につかない選手が目に付く。だからこそ、彼らをピッチに探してしまうのですよ。
posted by 総さん−ソウサン− at 12:02| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月06日

みのもんたが嫌い。

大嫌いですね。寒気がするというか・・・。
あのね、バラエティーの司会者としては嫌いじゃないんですよ。
仕切りも、コメントもセンスあると思うし。でもね、報道に出てきたでしょ?あれはダメですね。受け付けない。報道というもののバランス感覚を物凄く見失っている。まさしくマスゴミの権化って感じですね〜。

彼の発言て、もう通り一遍等なことしか言わない。
企業がミスをすれば徹底的に悪者にして、そして被害者をたきつける。
まるで、自分は全ての被害者の味方ですよ、みたいな。
JR福知山線にしても、いじめにしても、政治にしても。
自分の発言をまるで国民代表、被害者代表かのように言うんですよね。
別にスーパーヒーローでもなければ総理大臣でもないのに。
報道の司会者ってそれじゃあだめでしょう・・・。

昨今「報道に主観は厳禁」というセオリーを崩している番組を多数見受けますが、そのどれも最後の防衛ラインとして「あくまでも司会者の主観」というスタンスを保って言葉を発してることが多いと思います。筑紫さんにしても、鳥越さんにしても。みのもんたと比較的近いというと特ダネの小倉さんは近いかもしれませんが、僕は小倉さんはどちらかというと好きなんですよ。言いたいことズバズバ言う所が(笑)

みのもんたと何が違うのかと言うと一つは前述の「あくまでも自分の主観というスタンスを崩さないこと」。もう一つは「世論に迎合しないこと」。自分の言いたい事を"自分の主観として"発するので、ある意味世論は関係ないんでしょうね。だから、小倉さんは事件の根底から番組の報道傾向と違うことを発して生放送で番組を困らせることが多々ある(笑)「べつに、それ単にマスコミが騒ぎすぎなんじゃないの?」とか平気で言ってしまいますねあの人(笑)

みのもんたって、どうもやっぱり弱者の味方ヅラしているというか、言ってる事が理想論で客観性が乏しい気がします。そして、誰でも言えるんですよ。ああいうことって。言っていて気分がいいし。被害者のそばに寄って「アイツは悪い奴です!本当に悪い奴です!さぞ傷ついたでしょう!大変でしたね!アイツは最低な奴だと叫びましょう!」みたいなね。(古館にも少し同じニオイを感じる)

現実って厳しいですよ。傷つきます。
でも、それがハッキリと言えない人は、僕は受け付けないですね。
posted by 総さん−ソウサン− at 12:09| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月05日

【月曜日の週末♪】。

もんのすごいくだらないブログです。
まあ、たまにはいいでしょ?こういうのも。

タイトルの「月曜日の週末♪」ですが、ご存知【ゆず】の曲です。
ゆずって、実はカラオケのレパートリーはそこそこあるんだけど、でも忘れた(笑)
前になんの集まりか忘れたけど、ベスト盤2枚が出た時にゆず大会なるものを開いて、そこで歌ったので歌詞やメロディは辛うじてわかるのです。ゆずは聴くより歌っているほうが僕は気持ちがいいですね〜。

ちなみに、僕が一番好きな曲はとある理由があって歌えないのです・・・。
いや、歌えない理由ははっきりしていたのですが「なぜ、この曲だけ?」という疑問が先日一気に晴れました。晴れた瞬間「悠人コノヤロウ」って思いました。ファンの方はコレでだいたいわかったんじゃないでしょうか(笑)


・・・・って違うよ。今書きたいことはそんなことじゃないでしょ俺。
「月曜日の週末」です。タイトルではいまいちパッと出てこない人も、歌い出しを聴けばたいていの人はわかると思います。

乗り遅れた人達は♪
必ず聞こえないふりを決め込んで♪
へんちくりんなこだわりだけが太い根っこをはっている♪

今さら遅いとか早いとか言わない方がいいんだけど♪
あえてあからさまに曖昧にどっちでもいいと言ってくれ♪

雨が強くてよく晴れてたっぽい月曜日の週末は♪
あからさますぎて大事な事がわからない♪


「乗ーり遅〜れた〜♪」っていう歌いだしは耳に残りますよね。
でも、この歌詞はほんとさっぱり意味がわからない。
「雨が強くてよく晴れてたっぽい」とか「月曜日の週末」とか。
乗り遅れた人たちっていうことなので、固定観念や古い形式に捉われ柔軟に動けない人のことなんでしょうか。流行に疎いとか?「今さら遅いとか早いとか」っていうのもそれで当てはまる気がするし。「雨が強くて良く晴れてたっぽい」っていうのはサラリーマンにとって月曜日っていうネガティブな日の形容なのかな〜。まあ、正直なところよくわからんのです。

でもね、歌うときにはやっぱり歌詞が出てくる。カラオケの画面にせよ、頭のなかにせよ。
そんな時、ふと先日この歌を鼻歌で歌っていたら、全く違う発想が出てきてしまいまして。
しっかり歌わない鼻歌だったので上手い具合に歌詞が前面に出てこなかったのかも。

歌詞カードを読まずに、音だけでこの歌の歌詞を聴いてるとどうしても
「クーリングオフをしてもらえない山本山の対応に苦しんでいる人」
の歌に聞こえてきちゃうんですよ・・・orz


海苔をくれた人達は♪
必ず聞こえないふりを決め込んで♪
へんちくりんなこだわりだけが太い根っこをはっている♪

今さら遅いとか早いとか言わない方がいいんだけど♪
あえてあからさまに曖昧にどっちでもいいと言ってくれ♪

雨が強くてよく晴れてたっぽい月曜日の週末は♪
<相当な量を送られて凹んでいる
あからさますぎて大事な事がわからない〜♪

そんな事はよくある話だと〜♪(泣)
君は笑うかも知れないけど
いつも僕は考えこむのさ ずっと〜orz♪


ね?
posted by 総さん−ソウサン− at 12:25| ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

入れ替え戦・・・orz

入れ替え戦を生で観戦するつもりだったのです。
奇跡的にセレッソ大阪が15位に入ったら、J2の横浜FCか柏レイソルが入れ替え戦に出る可能性が高かったので、それを観戦に。もし横浜FCなら、第2戦の敵地へも行ってやるぜ!!と。セレッソが入れ替え戦参戦なら、長居まで駆けつけ、第1戦も柏なら仕事終わりに駆けつけて応援に行こうと。

ともかく、セレッソが参加ならその応援、セレッソが不参加でも地元から行ける距離なら観戦。そのつもりでした。


結果。


セレッソ大阪:17位 =降格決定
柏レイソル:2位 =昇格決定

入れ替え戦: アビスパ福岡 vs ヴィッセル神戸


・・・・orz
しかし、セレッソは何をやっているんだ。
我が教祖:名波大先生を召喚しておきながらこの無様な体たらくは。
まあ、わかっているのですが。山本のオッサン同様、あの塚田監督も名波の使い方をわかっていなかったということでしょう。何度かTVでも生でも観戦したけど、ほとんどトップ下で使ってたし。バカヤロウが。トップ下で使うんだったらまだ引退前の澤登の方が良い動きするわい。

名波のことは別の機会にします。
どうやら来年いっぱいで引退を考えているそうなので・・・。
くっそぅ、来年はともかく一つでも多く名波のゲームを観戦に行くぞ!!!

でもJ2は首都圏開催どころか静岡も少ないんだよね・・・orz
posted by 総さん−ソウサン− at 19:30| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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