2006年06月09日

僕は娘を持ったことがありません。−秋田小1男児殺害事件−

<秋田男児殺害>動機供述「なぜ彩香がいないのか苦しくて」

畠山容疑者の過去

実は、待っていました。
畠山容疑者の豪憲君殺害動機を。
果たしてそれは「実の娘殺しの連続児童殺害犯」なのか。
「実の娘を失った母親の異常行動」なのか。

今の所、後者みたいですね。
それでも、大抵の人は「畠山は異常者」。
もし、本当に彼女の動機が後者であるなら、世間はもう少し広い目でこの事件を見るべきだと思います。

彼女は娘を失った。それに対するケアは警察からあったのでしょうか。
マスコミは彼女を慮った行動を取れていたのでしょうか。
数多く使われるマスコミへの悪態のセリフも、現状のマスコミの有様を見ていれば何も不思議な事は無い。「容疑者」として映すから、異常な様に見える。誰だって、娘を失ったときにかぎまわられたら、そりゃあ嫌がりますよ。そんな個人のプライバシーや心情をマスコミが考えてくれますかねぇ。

「異常な母」として映っているけど、それも果たしてどこまで真実なのだか。男がどうだの、離婚がどうだの、料理をしないだの。いや、良くないと思いますよ。でも、それが彼女が娘を愛していないと言う事に全て繋がるんですか。そんなの同じようなことやってるダメなお母さん、今の世の中いっぱいいるんじゃないですか(笑)シングルマザーだって珍しくないし、そのおかげで男に色目を使っていたとしても、なんら不思議な事は無い。「目上の人には甘えてすりよって」なんて、相手(対象)が違ったらただの妬みにしか聞こえない(笑)

畠山容疑者という人は、罪を償うべきですよ。間違いなく。
どんな理由があろうと、何の罪も無い幼い命を絶った事は絶対に許されることではない。本当に子供だけは被害者にしないで欲しいと思います。まだまだ、これから楽しいこといっぱいあっただろうに・・・。ご両親はさぞ辛いでしょう。彼女を殺したいほど憎んでも、ご両親に罰は当たらないかもしれません。

ただ、僕ら第3者はもう少し冷静に見なきゃ。
畠山鈴香という女性は、母親は、まず「絶望の被害者」から始まっているんです。そこを見落としすぎだと思う。マスコミの垂れ流す愚劣な情報を抜きにして考えれば、彼女の行動はなんら不思議なものではないと思うのです。

「大事な人を突然失ってしまい"どうしてあの子が死んだのに他の子は生きているのかしら"という発想に陥ってしまった」

なんか、物凄い普通じゃないですか。
マスコミの垂れ流す「異常者」というレッテルに惑わされている部分が大きいと思います。マスコミなんて、面白ければそれでいいんだから。だいたい彼女が異常者なら、なんで一月前に同じ報道をしないんですかと(笑)

一個の人間が持っている情報なんて、全てそんなキレイなものではないですよ。ココを見ている皆さんも、もしマスコミに密着されて過去も洗いざらい調べられたら、一点の曇りも無く絶対にマスコミに叩かれない自信ありますか?僕は無いですよ。たぶん、自分の人生のパーツだけを集めて、友達とか、仕事とか、そういうのは全て伏せられて「3年で正社員を退職した中途退職者」とか、ご近所の方からすれば僕は毎晩遅く帰ってくるし、週末に地元で飲み遊んで朝帰りなんてザラだし、深夜にレンタルビデオを返却しに行く事だって日常茶飯事。3〜4軒離れたご近所の僕の印象なんて、一つ悪い噂が立てば「朝帰り深夜行動が多い、何をしているか良くわからない若い男性」ですよ(笑)

僕の母にしても、日中は出かけてばかりだし、たぶん子供の頃からカップラーメンのゴミとか多かったと思いますよ。それは、親父殿の系列会社が食品産業に手を出しているところで、カップラーメンが送られてくるところだったのです。別にまずいものでもないですしねえ。食べますよねえ。そんなことは書かないで、ゴミのカップラーメンの量だけ書かれたら、きっと僕の母は「母親失格」というレッテルを全国に向けて発信されるのでしょうね(笑)

マスコミなんて、そんなもんです。
畠山鈴香さんは、事故で娘を失った。
ただ、それも納得できない節がある。
そのような被害者に警察やマスコミは彼女をケアするような対応を出来たのか。ご近所の方々は彼女に心のケアを促したのか。どうなんでしょうね。少なくとも、マスコミと警察にそのような心身への配慮を出来る能力は無いと僕は思いますけどね。

彼女の事を「自分の娘が亡くなったからって、何の罪も無い子供を殺してよい理由にはならない」「バカで短絡的な殺人鬼」と切り捨てるのは簡単すぎる程簡単すぎる。そんなことは当たり前で、誰でもわかっているでしょう。誰も好き好んで娘の友達殺したりしませんよ。彼女は宮崎勤でも宅間守でもない。殺害を快楽とする殺人者と同列に扱っていては、その裏側にあるものが何も見えなくなってしまう。

結局ね、以前に書いた卒業式で署名運動的な事をした藤田先生の話と同じだと思うのですよ。一人の「ルール違反者」が出たとして、その違反者をただただ異常者のキチガイとしていては何も変わらないし何も解決しない。違反者はなぜ違反者になったのか。そこにも目を向けないと、結局同じ事が起きてしまう。

最近、よく思うんですよね。
マスコミが大嫌いな僕ですが、それに助長しすぎな視聴者がいるのもまた事実なんじゃないかと。この国の人は和を、いや、輪を外れることを嫌い、恐れ、そして外れたものを一気に罵倒する。誰かがミスをすると、異常者の烙印を押し、その自由がきかない"サバイバル"のストレスを、全員が一気にその一人に集中させる。まるで誰かが転ぶのを待っているかのように。心に余裕がなくなっているから。それは一個人相手でも、一企業相手でも同じ。民主党が「負け組ゼロ」だの、「失敗してもやりなおせる社会を」なんて言ってるけど、そんなの国民一人一人の意識が「失敗を許す」という風に変わらないと無理じゃないかな。もっと心に余裕を持って生きないと。

最後に、僕はこれが物凄く気にかかる。
「大事な人を突然失ってしまった極度の錯乱状態から、嫉妬をし気がおかしくなり大事な人と同じ価値の人を殺めてしまった人」を「殺人鬼」や「短絡的」だなんて口が裂けても言えません。僕にはその資格はありません。

原爆被害者の方に「アメリカにも事情があったのだし、今彼らをせめて始まらないでしょう」とは、言えないです僕は。言える人は、想像力が足りな過ぎると思いますよ。


僕、娘を持ったことも無いし、失ったこともないですから。


posted by 総さん−ソウサン− at 18:45| ☔| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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