2006年04月18日

東京ラブストーリー再び。-すっげえ長文w-

実は先日、また見たのですね。このドラマを。
以前に書いたときは、その場で見ていたわけではなく5年前までに見た記憶で書いてました。不思議なもので、歳を重ねて改めてみると見方が変わっていたり、見るところが変わっていたり。

それにしても、本当に衝撃的なドラマだなぁと。
25にもなったというのに、このドラマを見た僕はえげつないぐらい心をエグられて凹んでいます(笑)これ、子供に見せちゃダメじゃないかとすら思った。R指定だR指定(笑)

■赤名リカの強き想い
前回も書いたとおり、このドラマは「主役と脇役の入れ替え」。
「昔好きだった女の子→大人になって酷い男に傷つけられている女性」というさとみは、本来主役にいるべき女性。職場で成り行きで付き合いだした赤名リカは本来ドラマの王道からいけば"完全なる脇役"。もし、さとみが主役なら、恋愛に傷つき結局悲しい結末を迎える赤名リカという人の行動を表現するシーンは激減し、さとみ(有森也美)の辛い心情を描くシーンが中心となり三上(江口洋介)はさぞ極悪非道な男に映る事だろう(笑)

それにしても、フィクションではあるものの赤名リカという人には驚かされる。その奇想天外な行動や繊細な心理ではなく、その強さに。日々「好きな人を想うためには傷つくのを恐れていてはいけない」と豪語している僕ですが、彼女には敵わないですね。カンチがどんなに不甲斐ない態度を取ろうと、自分を見ていないと感づいても、彼女はそれでも逃げずに自分の気持ちに正直に、彼へ手を差し伸べる。簡単に出来ることじゃないなコレは。自分の事を見ていて貰えないと思えば傷つく。傷ついても、もっと傷つけられるかもしれないのに、それでも諦めずに自分に正直に相手を信じて、求めて、そしてボロボロになる。

このドラマがヒットした理由の一つは、この赤名リカの一途な想いの"強さ"なんでしょうね。というよりは、ドラマの柱かな。それを引き立たせるための悲恋でもあるし。このドラマについて「アンハッピーの悲恋だからこそ印象に残る」というフレーズを良く聞くけども、それは適切じゃないのかもしれない。

「悲恋だから」ではなく「悲恋のおかげで、リカの強さが際立ったから」。
これは全てのことに言える事だけど、物事への気持ちや意思というのは成就しない方が、その想いの強さが際立つ。スポーツに例えるとわかりやすい。才能のある人が努力して成功するより、才能の無い人が頑張って頑張ってというほうが熱い思いが伝わってくる。成功するとそれが薄れるんですね。成就しない恋愛だったからこそ、赤名リカの一途な想い、その強さが鮮烈に残る。だから、印象的なドラマとなった。

そして、それ以外にもリカの気持ちの強さを表現するための演出ととれるものがたくさん。携帯がある今では考えられない時間の行き違いや、連絡を取れないもどかしさ、待つことの辛さ。全ての要素が赤名リカという人の心を傷つけ、障害となりそして彼女はそれにめげずに諦めない。

■有森也美というキャスティング
そして極めつけは関口さとみ。
悪者にばかりされるさとみだけども、行動自体には良いところもかなりある。この人は根本的には根の優しい人だし、相手を想う心も強い。尽くす心もあるし、この人単体で見れば女性としては高得点を取れる人なのでしょう。ただ、赤名リカに比べて想いが弱く、そしてある意味で鈍感で周りを振り回してしまっただけで。リカに別れの意思を告げたカンチは、一人暗い自宅で自分の不甲斐なさや、リカとの思い出を電話でさとみに語り涙するが、その時のさとみは見守るようにうなずくだけで、カンチの話を聞き入っている。これは、赤名リカには出来ない芸当。この時点で、やはり永尾完治という人に合うのは関口さとみだったのでしょう。結婚した姿も自然そのものだったし。

にも関わらず、関口さとみが嫌われ者になったのはひとえに"脇役だから"であり、それなりのキャスティングだったから。見事としか言いようがないですね。この当時も今も関口さとみ役を演じた有森也美は"ブラウン管の絶世の美女"ではなかったはず。例えば今なら、このさとみ役が矢田亜希子だったなら、ここまでの悪者にはならなかっただろうし、男性諸君は複雑な心境になったに違いない(笑)

「なんであんな女がいいのよ。リカの方が数倍カワイイのに!」
と思わせるキャスティングの妙ですね。
そのおかげで、本来この違和感に気付くはずである男性まで大事なことを見失っている事に気がついたわけ。

「男は結局ああいう、お淑やかで女性的で、本当は人の事も考えず弱さを発揮できる分ずぶといはずなのに、そういう女の方がいいのよね」
このセリフを何度聞いたことか(笑)
僕はあまりそういう女性に興味は無く、ヒステリックともとれるぐらい元気いっぱいな個性の強い人の方に魅力を感じる人なので(笑)その辺はあまりわからず、ただ世の論調として常にそういうものはもう定番であったし、男がそういう人に行きやすいというのも周りを見渡してみれば事実なので「そうなのかなぁ」と思っていた。が、このドラマを見るとそうではないのです。

例えば、関口さとみと赤名リカが同じスタートラインから出会っているのなら「男は結局〜」というのはごもっともなんだけども、そうじゃない。さとみは、既に大きすぎる一歩をリードしていた「高校時代の憧れの人」。なんでもない人が、精神的に弱って頼ってきたり、ひどい男にフラれて距離を縮めてくるのと「手の届かないと思っていた高校時代の高嶺の花」が同じ事をしてくるのではぜんっぜん違う。有森也美という女優は、男性にまでその決定的な事実を忘れさせてくれる(笑)これが、もっと売れているトップアイドルだったら、この事実に敏感になりもう少し複雑な図になっていたはず。TBSドラマ元彼なんてそれそのものだし。

■赤名リカという人の弱さ・危うさ
強いからこそ、弱い。
強いからこそ、自分を守ることをせず、故に傷つきやすい。
臆せず相手を信じ求めるからこそ、少しでも相手の気持ちが足りないと思うと「寂しさ」を感じてしまう。だから「100%で好きって言って!24時間好きって言ってて!」となる。この辺が視聴者を魅了した彼女の魅力であり、関口さとみ含む単なる女性とは一線を画す唯一無二のアイドルに成りえた由縁じゃないかと。さとみのように三上へ行ったりカンチを求めたりと違い、リカという人は根本的な寂しがりやじゃあない。基本的には一人でも生きていける人なのですね。だから、カンチとの悲恋の後はどうやら一人身っぽい。

「誰もいないから寂しいんじゃないよ。誰かがいないから寂しいんだよ」
名言ですねぇ。
これも、彼女の想いの強さを象徴していますね。
彼女は弱いから寂しがりやなのではなく、カンチという人を愛しているからこそ、寂しくなり傷つきやすくなる。だからこそ、視聴者は魅了される。まあ、一般的に言えばそれこそが「赤名リカは重い」となるのですが。


■リカの想い
いや〜、今回見て改めて気づかされたわけですよ。
そこかしこで、その想いの強さに。
あんな不甲斐ないカンチ相手に、いくつもの信号を送って頑張っている。「ああ本当にこの人カンチが好きなのねぇ」と。彼女は、最後の最後でカンチとの約束を果たさず、一つ前の電車に乗って消えてしまう。それは以前にきっと、全てを素敵な思い出にするために、彼女は彼の最後の"回答"を見ないまま、終わりにしたかったのだろうと思っていたのだけども、どうやらそうではないっぽい。

「今回、カンチが約束の時間に来てくれてもたぶんまた同じ事の繰り返し」と悟っていたのだと思う。つまり、自分はカンチに一番愛されている人では無いと悟った。だから、ここで終わりにさせた。誰よりも好きなカンチのために。

3年後のラストのシーンで、彼女はひょうひょうとカンチの前に現れ、楽しそうに去っていった。彼女にとってカンチとの歴史は全て良い思い出となり今はしっかりと前を向いて歩いている。そんな姿だとずっと思っていたのだけども、それも勘違いだったのかと思ったり。3年後のシーン、偶然の出会いからずっと「永尾君」と呼んでいたのは、その前にカンチとさとみの左手薬指にあるものを見て夫婦となった二人の現状を悟り、二人に気を使った故の呼び方だったのだと思う。けれど、最後。二人が初めて抱きしめ合い、初めてリカが思いを告白した代々木公園の広場では、初めての時と同じ方法で別れを告げたにも関わらず、最後に「カンチ!」と叫んでしまっている。また、エンディングのシーンではカンチが落ち込んでいる時に元気付けるために蹴っ飛ばした缶置き場の缶を、当時を思い出すように蹴るしぐさを試みている。

リカにとって、カンチとの恋は今もまだ現実として息づいていて決して思い出になんかなっていないのかもしれない。


結局、東京ラブストーリーというドラマはひたすら最後まで「赤名リカの強い想い」を描き続けたドラマだったのかなぁと思いますね。


posted by 総さん−ソウサン− at 18:00| ☔| Comment(14) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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