2006年04月12日

中田英寿の憂鬱。

中田英寿の調子が皮肉にも"また"上がらない。
ただ、いい加減認めるべきなのだと思う。
これだけのクラブを渡り歩いて、そこそこのチャンスを貰ってもなお継続的に試合に出ることは出来ないのだから「中田英寿」というサッカー選手は欧州では「能力が低い」と認識されていることを。

実際、今の中田を見ていても僕個人としては欧州のトップレベルで活躍できる資質のある選手には見えない。大好きな選手の一人なんだけど、どうしでも今のプレーコンテンツではそういう判断になってしまう。僕の敬愛する武藤様は「代表では素晴らしい活躍」と言っていたけれども、僕はそうは思えない。

いや、今日の代表において中田は実績も結果も残してきて、貢献してきたと思う。がしかし、そのプレー自体が欧州のトップレベルかというと、僕の目にはNOだ。誤解を恐れずに表現するなら、中村俊輔、松井、小野の方が実能力としては上ではないかとすら思えてしまう。

僕は中田をこよなく愛しているし、有能な人材であり素晴らしいサッカー選手だと思う。彼を否定したいわけではない。が、どうにも彼の能力が全盛期に比べ落ちている気がするのだ。肉体的衰えにはまだまだ早すぎる年齢にも関わらず。

まるで偉大なディエゴの話をしている錯覚に陥りそうだが、中田の全盛期を語るならフランスW杯前後ということになる(と、僕は思っている)。今の中田と何が違うか。当時とは評価のされ方が全く違う。評価される部分が全く違う。今も、評価される部分の中に全盛期の部分も含まれ、尚且つ別の部分で評価をされているのであれば、それは単純に選手の成長によるもので問題は無い。しかし、今と全盛期での評価のされ方は全く異質なもので、これは「成長」ではなく「変化」に限定されるものだと思う。

結論から言う。
全盛期の中田と今の中田の評価部分の違いは一言。

"ファンタジスタ"
この適正があるかどうか。
柔らかいタッチで敵を翻弄し、一撃必殺のスルーパスという武器を持って敵に
絶望を与え、時にミラクルなシュートを放ち試合を支配する限られた才能を持つプレーヤー。少なくとも、フランスW杯前後の中田は紛れも無く"ファンタジスタ"だった。今の中田には微塵も感じられない。ここ4年ほど、彼のキラーパス、ファンタジー性に歓喜した記憶があるだろうか?僕には無い。

前述の通り、中田の貢献度を疑うものではない。
冷静な戦況判断。強固な意志。プレッシャーのかかる局面での強さ。エネルギッシュに動く運動量。中田は大いに我らが代表に貢献してきた。しかし、彼に与えられる賛辞や評価の多くが「経験」や「精神面の強さ」「守備への貢献」と以前の持っていた能力とは全く別物であることが多くなったのは僕の気のせいだろうか。


問題は何か。
僕の勝手な推測であるが、その原因は肉体強化にあると思う。
ご存知の通り中田は強靭な肉体を弛まぬ努力により手に入れた。
しかし、手に入れすぎたのではないかと思う。

体が硬い。
動きが鈍い。
そして、テクニックが減退している。
フランスW杯やペルージャ初期のビデオと、今の中田のビデオを見比べればその差は歴然としている。今の中田のプレーはお世辞にも「柔らかいタッチ」とは言えない。ドリブルをさせても軌道が乱れていたり、トラップも浮くことがある。以前の中田には考えられなかった。そもそも"ファンタジスタ"と呼ばれる選手がそんなことがあるはずがない。

90年代後半の中田は、本当に単純に上手かった。
今の小野や中村ほどではないにせよ、高い基礎技術を持っていたと思う。単純に小野や中村のように球をこねる曲芸的テクニックに秀でていなかっただけで、トラップ、ドリブルの一連のプレーは充分に「やわらかい」という形容の範疇に収まるものだったと記憶している。球をこねたり、瞬発的な曲芸テクニックは無かったが(というより見せることがなかったが)高いテクニックで突破をはかれる能力もあったし、囲まれてもフィジカルだけではなくテクニックを駆使してキープすることもあった。ドリブルとはつまりボールの"キャッチ"と"リリース"であるが、そのバランス、ボールの置き所が非常に上手い選手だった(無理やりこじつければ今の長谷部が多少近いかもしれない)。いつのキリンカップか忘れたが、左サイドタッチライン際でライナー性のとてつもなく長く強いロングパスを片足でピタッとトラップしたことがあり、当時あれには本当に驚かされた。あのような芸術的なため息の出るような"高いテクニックに裏打ちされたプレー"というのを、ここ数年見た記憶が無い。

筋力トレーニングによってつけた筋肉(の多く)は、強度こそ他を圧倒する値を得られるものの、あまり使い勝手の良い道具にはならない。言ってみれば、車のポン付けターボに近いものがある。体は重くなり、硬くなり、レスポンスが悪く瞬発力が衰える。ジェノアに渡ったカズが失敗した例もこれと全く同じだろう。

テクニックというものは、あれば良いというものではない。敵との距離、位置、タイミング等を測り適確に"そこ"へボールを運ぶための物であり"足元に置ければ置けるほど良い"というものではない。"トラップとは自分へのパス"by山本昌邦とはまさしくその通り。しかし、現実にサッカーの上手い下手はこの世に確実に存在しており、テクニックの高さとは即ち=選択肢の多さを意味する。そして、選択肢が多いということはつまり、多くの展開を期待でき、それは最終的に「選手個々の創造力・想像力」の発展につながる。

例えば、トラップの吸い付き具合にしても、目盛りが10あれば、その分細かい微調整が出来るし、半分5目盛りでは出来ることが減ってくる。今の中田は、その目盛りがだいぶ荒くなってしまったように見える。テクニックの減退により、選択肢が狭まり、創造性あふれるプレーが激減してしまったというところか。

汗かき役も結構。経験あるプレーも素晴らしい。レジスタへの転換も悪いことではない。しかし、いささかフィジカルへ気を配りすぎたのではないかと思う。何をするにしても、長所であった単純な「サッカーの上手さ」が減退しては、欧州の中盤で生き残るのは難しい。なぜなら、中田以上にフィジカルをもち、恵まれた体躯を持ったCMFは世界に山ほどいる。中田はバラックやジェラードやランパードにはなれないだろう。そもそもの資質が違うのだから(彼らを目指すのはやはり稲本の役目だろう)。中田の適正では無い。無いから、欧州で力を発揮できない。

中田が、なぜ欧州でペルージャで活躍できたのか。
ファンタジスタと認められる高いテクニックを誇りながら、それだけに留まらず、そのテクニックと高いフィジカルを奇跡のバランスで両立させたからこそ、彼は"屈強なファンタジスタ"と呼ばれ重宝された。

今の中田は、以前CMで自らが批難し「自分で判断して動くんだ」という言葉を与えたあのロボットのようだ。
もう、筋肉をつける必要は無いじゃないか。
鎧を脱いで、身軽だったあの頃に戻って欲しい。

名波と山口の前でサッカーを楽しんでいたあの頃の中田に。


posted by 総さん−ソウサン− at 21:00| ☔| Comment(1) | TrackBack(2) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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